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四十八.イブの計画

「プレゼント交換とか、ちょっと庶民的でいいだろ」
 和田がにやっと笑う。鳳が少し首をかしげた。
「難しいな。誰に当たるか分からないものなんだろ?基本的にもらった人が喜んでくれるような物でないと、せっかく選んでも価値が下がる気がするし」
「そうだよね。みんな自分の欲しいものなんて簡単に手に入れることができる人ばっかりだし、何をプレゼントに選んだらいいか、迷うところだよね」
 東坊城もしんみりうなずいた。和田が軽く唇の端を引きつらせる。
「テンション低いんだよ、お前らは。祭りみたいなもんだから、そう悩まなくてもいいんだよ」
 和田は努めて明るく振舞っている。彼らの部を引っ張ってくれる仲間が、今とても元気がないのをよく分かっていて、それを何とかしたいと考えているからだ。
「ああ、庶民的ってところで追加条件だけど、プレゼントは一万円以内の物にすること。上限がないと見境なく家の力を見せたくなる人間も出てくるだろうからな」
 唇の端を吊り上げて見せたのは近衛である。近衛も和田と同じように、場の雰囲気を少しでも盛り上げようとしていた。それを感じているのかいないのか、東坊城が素っ頓狂な声を上げる。
「一万?たった一万で一体何が買えるんだよ!無理無理。せめて十万にしようよ」
「馬鹿言わないでくれ。庶民がたかが高校生のクリスマスプレゼントに十万もかけると思うのか」
 最近はかなり剣道部の仲間に対して砕けてきた近衛である。それでも口調は慈恩と二人のときより丁寧である。
「これは提案者の僕に決定権があるだろう。僕が一万と言ったら一万だ。それを越えた物を持って来たら罰ゲームってことで」
 ええっ、とどよめく仲間たちの中、慈恩は表面的な微笑を浮かべながら、庶民の高校生のクリスマスプレゼントには一万だって高すぎだろう、などとどうでもいいことをぼんやり思っていた。
(パーティーでの交換用プレゼントなんて、ウケ狙いなら面白グッズ、せいぜい千円以内。女の子用なら適度な大きさのぬいぐるみとかアクセサリー。これもよくて二千円までだろ)
「難しいよ、一万で誰もが喜んでくれるものって。せめて渡す相手がはっきりしてればなあ」
「それじゃ、プレゼント交換の醍醐味がねえだろ」
 すかさず秋月に和田がツッコミを入れた。その会話の言葉に、慈恩の脳は何気なく反応する。
(相手がはっきりしてるなら・・・・・・さりげなく相手を喜ばせてあげられるもの・・・・・・斗音だったら、あいつの好きな料理を沢山作って、一緒にツリーを飾り付けして・・・・・・バスケで使えそうなリストバンドとか、喜んでくれたっけ・・・・・・)
 無意識にそこまで考えて、自分ですうっと温度が下がるような感覚に襲われた。自然、表面に浮かんでいた笑みは儚く消え入る。それを目撃していた近衛は、軽く唇を噛んだ。
 クリスマス・イブまであと一週間を切り、近衛は少しでも慈恩を元気付けたくて、剣道部でクリスマスパーティーをしようと提案した。あくまで自分たちだけで、大人は交えずに楽しもう、と。部活が終わってから、その話でみんなが盛り上がり、慈恩も心からというわけではないが笑みを見せているようだったから、提案してよかったと思ったのもつかの間、ともするとこんなふうに壊れてしまいそうな顔をする。
(どうしたら、支えてやれるんだろう。何でもいいんだ。慈恩の支えになるなら、何を言われたって、俺はやるだろうに)
 母に言われたことを痛感する近衛である。でも慈恩は何も言わない。訊いても微かに微笑むだけだし、むしろその笑みが痛くてつらそうで、それ以上訊くことを躊躇わずにいられなかった。だからせめて、今慈恩が心を許せる仲間たちと一緒に馬鹿騒ぎでもできれば、と思ったのだが。
「パーティーか。うちも家で毎年何か企画してる気がするけど、高校生活で弾けてられるのも今年が最後だしな。俺もこっちに参加するぜ」
「近衛の家に行くのも初めてだしな。一度お前の家、見てみたかったんだよ。一体どんなところで育ったらそんなふうに完璧になれるのか、興味あるし」
「期待しないでくれよ。料理くらいは出すけど、あくまで大人は抜きだからな。両親はもちろん、家の人間には絶対に出てこないように言っておくし、みんなも部活が終わって直行するんだからな」
「それじゃあパーティーって言うより、クリスマス会って感じだな。普通の高校生っぽくていいよ」
 仲間たちの話はいよいよ盛り上がっていく。それでも慈恩は一切会話に参加しなかったし、最後まで上辺の笑みすら、その凛々しい顔に戻ることはなかった。
 仲間たちの別れの言葉にすら薄い反応を示すだけで、ぼんやりと去っていく慈恩の背中を見つめながら、近衛は小さく溜息をついた。そして、同じように心配そうな視線を送っている部員たちの注目を、軽く指で招いた。
「ちょっとみんなに、相談があるんだ」

 近衛の表情に笑みはなく、真剣そのものだった。部員たちもつられて真顔になった。

   ***

 和風の大きな額に書き込まれたのは「仁義心」。かなり堂々とした、立派な書体だ。
「あれさあ、お前の信条と一致してるわけ?」
 ソファの背もたれに片腕をかけ、もう片方の手でさらさらの淡紫色の髪を掻き上げる美貌の少年に、暴力団の二代目組長は深々と煙草の煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。デスクの椅子はゆったりと深く、それに長身をゆったり預ける姿は、実に様になっている。ただただ、顔が若いだけで。
「外れちゃいない。つーか、親父から一応受け継いでる心だし、無碍にしちゃまずいだろ」
 にやりと浮かべる不敵な笑みが、本当によく似合う安土である。
「心、ねえ。仁義、の中に、心は入ってんじゃねえの?ていうか、仁義ってのは、心の有り方のひとつだろ」
 嵐のものの言い方は、実に愛想がない。普段ならもう少し、この二代目組長に対して心ある応対をするのだが、嵐の胸の内は悩み事が多すぎて、自分に想いを寄せるこの相手に気を遣ってやれるほどの余裕がない。安土もそれは重々理解している。安土にとって嵐は想いを寄せる相手だが、嵐にとって安土は誰よりも自分を理解してくれる親友の一人でもある。だから、誰にも相談できないことでも、安土にだけは話していた。
「いいか、あれは漢文だ。仁義と心の間に小さい片仮名のノが入るんだ。だから正確には、仁義の心、と読むのが正しい」
「それ、今とってつけただろ」
「いいや、親父はどう思っていたか知らんが、俺はそのつもりで書いたんだから俺が正しい」
「・・・・・・」
 しばし瞬きをした嵐は、それからグレーにも見える瞳を軽く見開いた。
「あれ、お前の字?」
「知らなかったのか。なかなかのもんだろ?確か中学二年くらいのとき、親父がこの組を立ち上げた記念に書いてやった」
「・・・・・・」
 再び絶句した嵐は、それから苦笑した。
「お前って、ほんとはすごい奴なんだな」
 安土は鷹揚な笑みで返す。
「助詞が間違ってる。そこは形容動詞で本当に、だ」
「あー、はいはい、間違えましたとも」
 いつもなら更に皮肉を込めて返すところで、嵐は諦めたように投げやりに返した。それを見て安土は溜息をついた。
「やる気のないお前の相手をするのは、張り合いがなくてつまらん」
 これには嵐がむっとしたように柳眉を寄せた。
「相手してんの、俺だろ。それに、やる気ないってどういうこと・・・」
「あんのか?じゃあやるか?俺はいつでも構わんぞ」
 被せるように言って椅子から少し身体を持ち上げ、シャツのボタンをひとつ外しながら挑戦的な漆黒の瞳を向ける。対する嵐は少し困った表情を浮かべた。
「そういうこと、言うなよ」
「そら見ろ、やる気ねえだろうが」
 ふん、と鼻で笑って、再びすらりとした肢体を椅子に深く預けた。
「まあいいさ。今のうちにお前の気が変わるように仕向けてやるから」
「気なんか、変わらない」
 凛とした瞳に意志の固い表情。それを少し物憂げに見つめてから、憐れむように安土は笑んだ。
「ほとんど連絡もよこさねえ相手との遠距離恋愛は、つらいだろう?やっぱり慰めてやろうか?」
「いらねえよ。お前一回三途の川渡ってこいよ」
「何回か渡りかけてるから、それでいいか」
「ちゃんと渡れ」
「ちゃんと渡ったら、二度とお前に会えなくなる。それだけは勘弁だな」
 ククッと肩を揺らして笑い、紫煙をくゆらせながらしなやかな動作で立ち上がった。
「そう思えば、ドイツだってこの世だ。会おうと思えばいつでも会える世界なんだから全然マシだ」
 優雅な動作でソファに近づき、きゅっと唇を噛む嵐の隣に腰を下ろす。
「俺の前でそんな顔するな。やりたくなんだろ」
「・・・っ」
 口付けられた唇を手の甲で拭う嵐を、安土は軽く小突いた。
「今日はここまでにしといてやるよ。クリスマスにはプレゼントやるから、家に来い」
「・・・・・・でも、その日は翔一郎たちと斗音を誘ってみようと思ってるから・・・・・・」
 躊躇いがちに言葉を紡ぐ嵐に、安土の笑みが消えた。
「ああ・・・あいつか。まだ駄目なのか」
 やや思案して、安土は凛々しい眉を寄せた。
「もしお前の考えが取り越し苦労でないなら・・・・・・まあ、絶対当たってるだろうが、これ以上放っとくのはまずいと思うぞ。ああいうタイプは芯が強いだけに、な。精神的な強さに身体が比例していない。休みが続くようになってからどれくらいだ?」
 嵐はつらそうに息を詰めた。
「一ヶ月・・・・・・近く」
「・・・・・・そんなに」
 ピリッと安土の表情が険しくなる。思っていたより時間が経っていたのだ。
「連絡は?」
「メールに返事はない。携帯に掛けても最近はもう絶対に出ない。でも、あいつが最後に言ったのが・・・・・・」
 嵐の両拳が難く握り締められる。
「・・・・・・今は気にされることが何より苦痛だって・・・・・・いっそみんなが自分を忘れてくれたらいいのに、って言葉だったんだ」
「・・・・・・不器用な奴だな」
 重い溜息を吐き出して、安土はつぶやいた。さらりと髪を揺らして嵐が安土の表情をのぞき込む。
「でも、あれは本音に聞こえた」
「本音だから、不器用だっつーの」
 漆黒の張りのある髪を掻き上げて、もう一度小さく溜息をつく。長い睫毛の影を落として、嵐はうつむいた。学校の仲間の前では、決して見せない表情だった。
「俺たちが連絡を入れようとするたび、あいつはきっと苦しんでる。そう思うと、俺、それ以上何もできなくて。いっそ押しかけてやろうかって何度も思ったけど、あいつを支えてる理性とかプライドとか、そういうもん全部潰しちまう気がして・・・・・・それがなくなったら、あいつ・・・・・・。・・・・・・そう思うと、俺は、怖くて」
 秀麗な額を現役暴力団組長の胸に押し付ける。
「・・・・・・何も、してやれない・・・・・・」
 くわえていた煙草を手馴れた長い指で灰皿へ運び、火種を押し潰す。その手を、安土は迷いなく嵐の背へ回して、自分よりひと回り小さい身体を抱き寄せた。
「・・・・・・いっぱい抱え込んで、散々苦しんだのはお前も同じだ。・・・・・・まあ、どんなに遅くなっても構わねえから」
 慈しむような優しい笑みで、淡紫色の柔らかい髪を撫でるように引き寄せる。
「イブの夜は、必ず来い。お前のためだけの、最高のもてなしをしてやる」

 躊躇ったあと、安土の腕の中で淡紫色の頭が小さくうなずいた。

   ***

 闇の中の微かな明かりを受ける白い息は、呼吸のたび強い風にさらわれていく。
(・・・・・・寒い・・・・・・)
 受験も間近に迫っているというのに、勉強には相変わらず身が入らなくて、街のにぎやかなクリスマスのイルミネーションも目障りで、港までバイクで飛ばしてきた。ただただ、静かなところで寒風にさらされていたかった。そうすれば、少しはこの胸の痛みが紛れるような気がしたのだ。
 三年生になったばかりの辺りまでは、完全に自分の進路など見失っていた。どうにでもなると思っていた。けれど今は違う。体育系の大学へ行ってボクシングを続けたい。高校の最後のインターハイまでに、無為に過ごしてしまった時間が悔いとなって残っていた。だから今度は、悔いを残さないようにやりきりたい。それで満足できればいいし、もっと上を目指したい気持ちが芽生えたら、本気でどこかのジムに通おうと思った。何もかも中途半端にしてきてしまった分、何かひとつでもいい、自分がとことんまでやったと思えるものを、自分の中に築き上げたかった。少しでも、自分に自信が持てるように。
(少しでも、あいつに見合う人間に、なりたい)
 瓜生は黒い革ジャンの上から、拳を心臓に押し付ける。そこに重くて鈍い痛みが走る。このままではいけないと、そう思えば思うほど自分を追い詰めてしまう。
(・・・・・・・・・・・・会いてぇな・・・・・・)
 溜息が白く色づき、その先から風に吹き飛ばされていく。
 もう、あの階段には行かない、と言われて、自分の存在意義が薄れた気がした。けれど、それ以上に斗音のことが心配だった。完全に拒絶されたことで、斗音に連絡を取ることもできなくなった。だから、精神的な負担だけが積み重ねられていた。・・・あの言葉を聞いてから、二週間が経とうとしていた。
(今、何してるだろう。あの変態野郎に・・・・・・抱かれてるのか)
 そう思うと、心臓が焼け付きそうだった。守ってやると言ったのに、こうして何もできずにいる。
「・・・・・・っくしょう・・・・・・!」
 ガン、と手すりをたたきつける。どんどん元気がなくなっていった斗音。あの階段で、自分の傍らで静かに時を過ごしていた姿が今でも脳裏を離れない。何を話すわけでもなく、寄り添っていた華奢な身体。伏せがちの瞳には、濃い翳りがあって、長い睫毛は、よく涙で濡れていた。柔らかい髪をそっと撫でると、本当に仔猫のように、小さな頭を摺り寄せてきた。腕に伝わってきたぬくもりも、擦れ気味の声も、時々抑えきれずに触れた唇の熱っぽさと柔らかさも、何もかもがいとおしい。その斗音があのストーカーじみた狂気を漂わせていた危険な男に襲われている。いとも簡単に自分の腕を折って見せた、あの男に。そう考えるだけで、気が狂いそうだった。
『俺・・・・・・もう、二度とそこへは行きませんから』
『分かった』
 ・・・・・・なぜあんなことを言ってしまったのだろう。斗音に言われた言葉に、動揺した。混乱した。何を一番言うべきなのか、どんな言葉を言ってやればよかったのか、今でも分からない。
「・・・・・・それでも・・・・・・俺は・・・・・・待つ、とでも言えばよかったのか。それとも・・・・・・ふざけるな、と怒鳴りつければよかったのか」
 何度あの言葉への答えを考えただろう。もう帰ることのないあの瞬間に、尽きることのない後悔を寄せて。
 もともとクリスマスという行事にいい感情などはない。幼い頃家族でそろって過ごした思い出は、両親の戻らなくなったあの家では重いだけで、高校に入ってからは現実から逃げてばかりいる仲間たちと何もかもにケチをつけて歩き、クリスマスの夜くらいは異性と過ごしたいと考える軽いノリの女子高生あたりをナンパして、互いに性欲を満たし合うだけの虚しい一夜を過ごすくらいだった。それも、普段と大差ない過ごし方で、今思えば吐き気がする。
 けれど、こんなにつらい思いをするクリスマスは初めてだった。心臓が潰れそうなほどのこの苦しさは、斗音に出会わなければ、味わうこともなかったのだろう。
 ひと際冷たい風が瓜生を襲った。氷の冷たさを感じるその風に、さすがの瓜生も身体を震わせる。
(・・・・・・明日は、雪が降るかもな・・・)
 最近はめっきりホワイトクリスマスなんていうものから遠ざかっているのだが、今年は秋から冷えるのが早く、冷え込みの厳しい冬になることは天気予報でも頻繁に伝えられていた。既に何度か、積もるほどではないものの、雪が観測されている。
「・・・・・・クリスマス、か。・・・明日くらい・・・・・・あいつが笑顔になれたら・・・・・・」
 思わずつぶやいてから、はっ、と苦笑する。それが分かっているのならとっくにやっている。そう考えて、ふと笑みを消した。

「・・・・・・そうだ・・・・・・・・・あいつ・・・なら・・・・・・」

   ***

「え?うち?うちは明日までや。どこでもそうちゃうんか。え?明後日も?ほんまか、けったいやなぁ、クリスマスに学校やなんて」
 隼はカラカラと開けっぴろげに笑った。携帯の電波の調子を気にしながら、窓際の棚にもたれかかる。
「何ゆうてはるん。うち、純和風やさかい、クリスマスなんか関係あれへんよ。え?ああ、俺的には有りなんや。けど、道場的にはゆう話や。稽古は年中無休やさかいなぁ。ま、稽古のあとにケーキ出てくんのが、昔は楽しみやったかなあ。何気に昆布茶に合うてな。え?うまいねんて、ほんまや。紅茶とか、せやからうちは純和風てゆうてるやん。え?ああ、ケーキくらい、小さい子なんやし、食わしたったらええやん。それまで取り上げたら鬼や」
 どうやらクリスマスにまつわる思い出を話しているらしい。なかなかハイテンションである。笑い方も豪快だった。そこへすらりと襖が開いて、隼に少し似た、目鼻立ちのすっきりした美人系の女性が顔を出す。美人系だが、残念ながらかなりのしかめ面である。
「ちょっと刀威、うるさいよ。今ドラマええとこやのに、あんたの馬鹿笑いで感動シーンがわやんなってしもたわ」
 言うだけ言って、たんっ、と勢いよく襖が閉まる。隼は肩をすくめた。
「あー、文句言われてしもた。聞こえたんちゃう?あはは、やっぱ?姉ちゃんやけど。怖いでー。顔とか、あれや、般若の面が生きてたら絶対あんな顔やで。あんた、兄弟はいてはるんか?あ、そう?いやいや、いてへん方が幸せや思うで?ドラマの鬼やし」
 けたけたと笑った瞬間、今度はスターンっと襖が五割増の勢いで開いて、切れ長の目をきらりと光らせた「綺麗なお姉さん」が、剣の達人の弟を睨みつけた。
「刀威!ええ加減にしなさい!そんな笑いたいんやったら外でしゃべったらええやん!」
「あ、ごめん、姉ちゃん、かんにんな。ほな、外行くわ」
 片手で手を合わせるジェスチャーをしながら、片目を閉じる。そそくさと廊下を歩いていく弟を見て、なかなかに美しい女性は、軽くカラーリングしてゆるくパーマを掛けた綺麗な髪を、ふわりと後ろへ流した。
「あの子、黙って剣道やってたらええ男やのに。アホは誰の遺伝やろ」
 アホ呼ばわりされたとは露知らず、隼は庭に出てブルッと身体を震わせた。
「うわ、寒っ。雪降ってるやん!こらアカン、中入ろかな。けど思い切りしゃべりたいと思たら、こっちの方がええしなあ。あー、姉ちゃんも黙ってたらそれなりにええ女やと思うねんけどなぁ。ああ怒りっぽいんは誰の遺伝やろな」
 ぶつぶつ言いながら、相手の声に少し耳を傾けて、軽く目を瞠った。
「え?そっち降ってへん?そうなんや。ま、そっちも明日には降るんちゃうか?ホワイトクリスマスや。ええやん、ロマンチックで。彼女でも誘わはったら、ええムードんなるで?」
 自分の身体を腕で包むようにしながら、大きな松の根元にしゃがみ込む。
「んー?俺はいてへんよ。残念ながら片想い中やさかい。せっかくホワイトクリスマスでもいつも通り稽古やって終いや。部の連中?そんなん、みんな彼女いてはるし、デートに決まってるやん。俺だけロンリークリスマスやわ」
 全く寂しそうにもせずに屈託なく笑う。
「そうなん?ええなあ。けどみんな彼女とかいてはらへんの?・・・へ?え?ほんまか、それ。ちょっと世界違うてんねんな。・・・・・・・・・・・・え、ええ?」
 隼の切れ長の瞳が、大きく見開かれた。
「・・・・・・けど・・・・・・明日学校あるさかい・・・・・・ほら午前中で終わりやけど・・・・・・」
 あれほど饒舌だったのが、どんどん言葉に詰まり始める。
「・・・・・・いや、そういうわけには・・・・・・まあ・・・・・・稽古くらいは・・・・・・何とでもなるやろけど・・・・・・」
 最後には短めの髪をがしがしと掻き上げながら、そのまま頭を抱えてしまった。
「う~~~~ん・・・・・・どないしよ・・・・・・そら・・・・・・嬉しい、けど・・・・・・・・・・・・なんで、また?」
 がたがたと震え始める身体を叱咤するようにぎゅっと抱き締めながら、相手の声に耳を傾ける。時折、うん、うんと相槌を入れながら、真剣な眼差しを、土に触れては消えていく雪に固定した。その視線を上げたとき、大人びた顔は男らしく凛々しかった。
「分かった。そうゆうことやったら、俺、遠慮せえへん。ご厚意に甘えさせてもろてええか?・・・・・・ええよ、師匠には話つけるよって。あ?まあ、血のつながり的には親父やけど。・・・・・・うん。うん、分かった。ほなら、楽しみにしとるさかい」
 じゃあ、と携帯を切って、隼は白い呼気を舞い落ちてくる雪に吹きかけるようにして空を仰いだ。
「・・・・・・せやから、俺、ゆうたのに」
 切れ長の目を少し細めて、空をつかむように腕を伸ばして。珍しく憂いを含んだ表情は、ひどく切なそうだった。

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