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二十九.如月祭 そのニ

 髪にはヘアピンをクロスにつけられ、衿に白のラインが三本入っているというスタンダードな濃紺のセーラー服、大きなスカーフは赤。
「やっぱ斗音くんは脚が長いなあ。私のスカートでも短めだねえ」
 スカートを貸してくれた、背の高いクラスメイトが感心したように言った。彼女の身長は斗音とそれほど変わらない。
「ねえ、ルーズにしない?斗音くん、絶対可愛いって!」
「いや、昔の不良なんだろ?ルーズとか、まだない頃なんじゃ・・・・・・」
「いいじゃない、どうせスカートだって短いんだしさー。や、でも、ほんっと可愛いよ、斗音くん。ていうか、美人。すごく綺麗だよ」
「あは、そう・・・・・・?・・・・・・複雑だなぁ・・・・・・」
 褒め称えてくれる女の子たちだが、斗音としてはどういった反応を返せばいいのやら、迷うところだ。結局ルーズではちょっと、と斗音が渋ったので、黒のハイソックスということになった。白じゃないのか、と斗音が聞いたら、「不良なんだから黒でいいの!」と言われてしまった。
「これってよく考えたら、全身タイツに近いよね」
 ぼやくように言ったのは瞬であった。身体にぴったりしたノースリーブのシャツに、やはりぴったりしたかなり細身のパンツ。これがどちらもピンクなのだ。それに、赤に近いピンクの『クロス』というコスチュームを貼り付けていく。
「こんなのでほんとに防御できんのかなぁ。絶対嘘だよね」
 原作の漫画にケチをつけても仕方ないのだが、変に飾り立てられたブーツを履かされて、かなりブルーになっている。それでも衣装係の女の子たちは大喜びだ。
 翔一郎は全身黒ずくめで、すらりとした体型がより強調されている。
「いいよね、翔一郎は男らしい役でさ。斗音、あとで翔一郎になんか奢ってもらお」
 可愛らしい顔で恨めしげに視線を送ってくる瞬に、翔一郎は思わず叫んだ。
「何で俺がっ!」
「ずるいからに決まってんじゃん!」
「俺だって好き好んでやってんじゃないぞ!」
「じゃあ代わってあげようか?」
 ぐっと言葉に詰まる翔一郎に、瞬はふう、と溜息をこぼした。
「翔一郎にこれが着られるわけないじゃん。体型違うんだからさあ。あーあ、恥ずかしいなあ」
「お前ね!最初から分かっててそういうこと言わない!」
「まあまあ。これもクラスのためだと思ってさ」
 苦笑しながら斗音が口を挟む。そして、じゃこじゃことヨーヨーをしながら、ちゃきっと顔の前で構えて見せた。
「どう?上手になっただろ?」
 周りからパチパチと拍手が起きる。翔一郎は肩をすくめて笑った。
「バッチリだな。可愛いぞ、斗音」
 斗音の肩ががくっと下がった。
「一言余分だよ」
「全くだよね。ネビュラチェーン、投げてやろうか、翔一郎?」
 こちらは飼い犬をつなぎとめるための鎖であるが、本物の上にかなり長い。
「いや、それは怖いから嫌だ、マジで」
「避ければいいじゃん、ほら、例の身体反ってかわすやつで」
 翔一郎はマトリックスの名場面なので、瞬はそのことを言っているらしい。
「あのね、あれはスローモーションの弾丸限定!大体鎖なんて反って避けたって、落ちてきて当たるじゃないか!」
「ああ、そう言えば」
 2-3の楽屋はこんなお茶目なものだったが、早々に仕上げて超魔術を舞台袖で見ることができたのは、貴重な体験だった。何しろ、横から見ているから、いくつかのマジックの種が見えるのだ。
「あとで嵐にやってやろうよ」
 瞬なんかはかなり嬉しそうだった。
 さて、肝心な2-3の出し物だが、これは一瞬のためにかなり考えてあるもので、観客のウケは非常によかった。

 最初はジャッキー・チェンの映画から、カンフーアクションだったが、これはヌンチャクを練習していたクラスメイトが、何とジャッキー・チェンの写真を拡大した面をつけて演技し、ヌンチャクにやられる敵たちが見事に黒子達によって宙に舞い上がって倒れていった。
 
そこから、「ジャッキー・チェンの顔と言えば?」のナレーションが入り、有名アーティストのチャゲ&飛鳥のこれまた名曲「YAH YAH YAH」が流れ、彼らに扮したクラスメイトが頑張ってものまねをした。飛鳥の顔はこれまた写真の拡大で、よく見るとジャッキー・チェンとよく似ているため、観客の笑いを引き出した。もちろん、はためくマントは黒子達による演出である。この名曲の途中でまたナレーションが入る。
「チャゲ&飛鳥といえば?」
 いきなり曲が変わる。こちらも誰もが知る名曲「SAY YES」である。そして、おかっぱのかつらをつけたクラスメイトと、ロングヘアの見事な女子がステージに現れる。女子のセリフから始まる。
「もう一人になるのは嫌なの!」
 トラックの描かれたダンボールが走ってくる。その前に、かつらの男子生徒が飛び出した。ダンボールトラックが急停車する。轢かれる直前だ。女子がきゃあ、と悲鳴を上げる。何とか轢かずに済んだトラックから、「馬鹿野郎!」の罵声が飛び、走り去っていく。そしてここで名台詞。
「僕は死にましぇん!僕は、死にましぇん!」
 語尾を強調したセリフは会場に馬鹿ウケだった。そこでナレーションが入る。
「当たらない、と言えば?」
 翔一郎が舞台袖から飛び出していく。そのあとを追いかける、やはり黒ずくめの男たち。追いつかれて、翔一郎が足を止める。黒ずくめの男たちが銃を構えた。銃が発射される。そこからスローモーションが始まる。目に見えるように、やたら拡大された弾丸が回転しながらゆっくり黒子によって運ばれてくる。翔一郎は大きく身体を反らした。その背をやはり黒子が支える。暗くしてあるステージで、黒子はよく見えないため、分かってはいるけれど観客の「おおっ」というどよめきが湧いた。その前で、腕を泳がせるようにしながら、見事に全部の弾丸を避けきった翔一郎に拍手が送られた。
「アクションと言えば?」
 黒い衣装のメンバーが袖に駆け込み、今度飛び出して行ったのは、ピンク地に赤に近いピンクの『クロス』をまとった瞬と、全身金色の『クロス』につつまれた女子である。背の高いその女の子は、斗音に中学時代のスカートを貸してくれた子だったが、頭にはビニール紐で作ったポンポンの長くてボリュームが少ないものをかつらに見立てている。アンドロメダの敵役のアフロディーテは水色の髪の毛だということで、頑張って用意した手作りかつらだ。かなり静電気で身体にまとわり付いているのを、鬱陶しげにばさりと後ろへ掻き上げる。

「あなたが先生を殺した、双魚宮のアフロディーテ!先生、僕がきっと敵をとって見せます!」
 瞬の声はよく透る。手にした二対の鎖を構えた。
「アフロディーテ、覚悟!ネビュラチェーン!」
 やっ、と瞬の投げた鎖は、走る黒子に運ばれて、アフロディーテに襲い掛かる。
「こんなもの、お前の師匠を倒した私に、通用すると思うのか!」
 アフロディーテが造花の薔薇をばら撒き、チェーンが跳ね返される。
「そ、そんな!僕のチェーンが・・・・・・!うわぁっ!」
 薔薇攻撃に跳ね飛ばされ、瞬が倒れる。倒れた瞬間に、簡単に外れる『クロス』は黒子が外してくれた。本来なら、その武装が解けて、普段着に戻るらしいが、そんな瞬間芸は生憎できないので、それで勘弁である。
「本当は、これだけは使いたくなかった・・・・・・。でも兄さん、僕は最後まで男らしく戦うよ!このコスモの流れがストームと化すとき、あなたは死ぬ!」
 瞬の周りで、ピンク色のビニール紐がふわふわ漂う。コスモというオーラを表しているのは、やはり黒子である。アフロディーテが顔をしかめる。
「うぅっ、こ、これは・・・・・・!よかろう、これを受けるがいい!ブラッディ・ローズ!」
 白い薔薇の造花が、アフロディーテの指から離れ、再び黒子に運ばれて、瞬の胸に突き刺さる。
「うっ?」
「ふ、それは君の心臓から血を吸い尽くす。その薔薇が赤く染まったとき、君は死ぬ。君のネビュラストームが私を殺すのが先か、それとも私のブラッディ・ローズで君が死ぬのが先か・・・・・・」
「う・・・おおおおぉおおおおおっ、ネビュラスト―――ム!」
 瞬の渾身のセリフに合わせて、ピンクのビニール紐がびょーんとアフロディーテに襲い掛かった。しばしどっちも苦しみながら、アフロディーテが先に倒れる。瞬がふらふらしながら最後のセリフをつぶやいた。
「にい、さん・・・・・・僕、最後まで・・・男らしく、戦ったよ・・・・・・。これで、少しは・・・・・・平和に、なるかな・・・?」
 言ってばったりと倒れる。なかなかの迫真の演技に、会場が沸いた。
「チェーンといえば?」
 ナレーターの妙にコミカルな言いっぷりで、かなり深刻になっていた雰囲気がどっと笑い崩れる。むくりと起き上がった瞬とアフロディーテが更に笑いを倍増させた。そして彼らが袖に飛び込んでくるのと同時に飛び出して行ったのが、スーツ姿の何人かと学生服の一人。スーツの男たちが学生服の少年をぼこぼこにしている、の図が展開される。そこへ、やや遅れて走りこんできたのが、セーラー服姿の斗音だ。観客席が一気に歓声に包まれる。女子生徒は「キャーッ」男子生徒は「うおおおっ」と、見事な驚きっぷりだった。
「おんしら、待て!いい大人が数人掛りで一人の子供をいじめるなんて、世間が許してもわしが許さんぜよ!」
 どうもこの方言っぷりから行くと、スケバン刑事は二代目辺りのようだ。
「何だこのアマ!」
 スーツの男の一人が凄みを利かせる。斗音はヨーヨーを構えて、ボタンを押した。かちゃっと開いて警察のマークが出てくる。
「この桜の大文字が目に入らんか!」
 会場がどっと笑いに包まれる。水戸黄門風にしたのは、あくまで笑いを取るためであったので、大成功である。本当は、その決め台詞がよく分からなかったから、ごまかしたのだが。
「ま、まさかお前は!」
「スケバン刑事、麻宮サキ!」
 言って、何回かヨーヨーを落としてから、しゅっと敵に向かって投げた。それを黒子が受け取って、するすると鎖が伸びていく。
「うわあああ」
とか何とかわめく男たちを、鎖がくるくる巻いていく。実はその鎖、先ほど瞬が持っていたネビュラチェーンである。黒子がこっそり隠し持っていたのだ。そして、悪者だけをぐるぐる巻きにして、ヨーヨーが戻ってくる。途中から黒子が離したヨーヨーを一度落としてから、シャラシャラと巻き上げ、再び構える。
「なめたらいかんぜよ!」
 ハスキーな声は、考えようでは女の子っぽくも聞こえ、それがとても可愛らしかったので、キャーキャーとかヒューヒューとかいう声が、会場を埋めた。
「セーラー服と言えば?」
 ナレーターの声を合図に、斗音と縛られたサラリーマン風の男に扮したクラスメイトたちは、袖へ駆け込んでいく。次に出て行ったのは、クラスでも数少ない女の子たちによるセーラームーンたちだった。男子生徒の多い如月では、大いにウケた。でも、インパクトの差だろうか。間違いなく、先ほどの斗音が登場したときの歓声の方が大きかった。
「お疲れ、斗音。大丈夫だった?」
 真っ先に声を掛けてくれたのは瞬だった。かなり体調のことを心配しているらしい。黒ずくめのためよく分からなかった翔一郎も、実はすぐ傍にいたらしく、斗音の肩を優しくたたいた。
「お前が出て行ったときの歓声が、一番大きかったな。さすが有名人」
「瞬の演技力には負けるよ。瞬って、ほんと演技上手いよね」
 いきなり言われた瞬は肩をすくめた。
「違うって。あの場面だけ、何か知らないけどやたら長いんだよね。セリフ多いしさ。だからそう見えるだけ」
「でも、演技で拍手が起きたのってあの場面だけだったぞ」
「うん。迫真の演技だったもん。嵐がきっといっぱい写真撮っててくれるから、あとで見てみよ」
 にこり、と斗音は笑った。けれど、本当はとりあえず今日の役目が終ったと思うと、どっと疲れが押し寄せてきて、座り込みたい心境だった。
 白い顔からすうっと笑みが掻き消えていくのを見て、瞬と翔一郎は思わず顔を見合わせた。
「どうする?ここ片付けたら、ダンスものぞくって言ってたけどさ、ちょっと疲れちゃったから、嵐のただ券使って大聖堂のステンドグラス見ながらお茶しない?」
 瞬の提案に、斗音は微笑んでうなずいた。
「うん。でもあとひとつ、初日しかやってないから、藤堂のお化け屋敷も見たいな」
「ふふ、斗音もなかなか欲張りだね。じゃ、ちょっと休んでから、最後に見に行こ」

 こうして、ただ券の持ち主の意向を一切聞かないまま、初日最後の活動計画は立てられたのだった。

 着替える前に散々記念写真を撮られた三人だったが、何とかステージの片づけを済ませ、計画通り嵐のただ券を利用して(といっても、一品のみだったが)みんなでお茶の時間をとった。ここは大聖堂に見立てた窓のステンドグラスと飾りつけが見ものだったのだが、それもさることながら、お茶のこだわりがある喫茶になっていた。というのも、今年の入学生が発足させたお茶同好会の主力メンバーがこの1-3に集結しており、様々な種類のお茶をそろえていたのだ。
「うわーすごい。お茶の有名どころがかなりそろってるね。何にしようかなぁ」
 結構コーヒーよりお茶が好きな瞬が喜んで迷っている。爽やかな笑みで翔一郎も選ぶ。
「ほんとだな。じゃあ俺、ジャスミンティーにしようかな」
「え、ジャスミンティー?中国茶で来たか」
 意外そうにつぶやいてから、ただ券の持ち主が唸った。
「俺はシナモンティーにするかな。斗音、決めたか?」
 O型の斗音は瞬と同じくかなり迷い気味である。
「うーん、オレンジペコーもいいけど、ストロベリーティーも捨てがたいし・・・・・・」
 瞬がやや先に決めた。
「よし、じゃあきーめた。アップルティー!」
「やっぱキャラメルミルクティーかな」
 少しだけ遅れて言った斗音をくるりと振り返って、瞬が目を輝かせる。
「あ、やっぱそれ、目つけてた?俺もそれと迷ったんだけどさ、きっと斗音が頼むと思ったんだよね」
 きょとんとする斗音に、瞬がくすっと天使の笑みを見せる。
「だって、好きでしょ斗音。今年の誕生日の朝、慈恩が作ってくれたって言ってた。一口飲ませて」
「あ、うん。いいよ」
 返事がすごく上の空なのを感じた。反射的に自分の顔の筋肉が動いて、ほのかに笑みを作っているのを他人事のように感心しながら、心はそのまま時を遡っていく。
『ミルクで入れたキャラメルティーだから、美味いと思うんだ。咳込まないように、気をつけて』
 高校受験の前夜、斗音は突然の激しい咳に襲われた。それほどひどい発作ではなかったが、薬を使って抑えた。父はまだ帰っていなくて、留守番電話に明日の受験でリラックスして頑張るようにというメッセージと、そんな大事な夜に帰れなくて済まない、という謝罪のメッセージが残っていた。発作のおかげで何も食べられなかった斗音に、慈恩はそう言ってキャラメルミルクティーを出してくれた。ほんのり甘い、香ばしいミルクティーは。
『・・・・・・こんなおいしいの、初めて飲んだ・・・・・・』
 じわりと暖かくて、身体に染み渡るようで、思わず擦れ過ぎて音にならないような声で、そうつぶやいた。慈恩はいつものように、静かに優しく微笑んでいて、それ以来、キャラメルミルクティーは斗音の好物となった。懐かしい思いが込み上げる。
「斗音、斗音?」
 瞬の声に、ようやく我に返る。
「あ、何?」
 微笑んで見せたが、三人からの視線はもう心配という感情を含んだものになっていて、慌てて三人を見回す。
「え?何?俺なんか、変だった?」
 嵐の形よい眉が歪んだ。
「お前、精神的に相当疲れてるだろ」
「え・・・・・・どうして・・・・・・?」
 瞳を瞬かせた瞬間、睫毛が濡れる。隣に座っていた翔一郎が、そっとハンカチを差し出した。
「ほら、拭きな」
「・・・・・・あ、れ・・・・・・?」
 きょろきょろと瞳を彷徨わせると、瞬が痛みを堪えるように目を細めた。
「・・・・・・斗音、気づいてなかったの?ほんとに、大丈夫?」
 慌ててごまかすように笑った。
「あはは、やだな。何だろ、目にごみでも入ったかな」
 言いながらますますぼやけていく視界を止められず、焦ってしまう。思わずうつむいたら、翔一郎が優しく肩を抱くようにして、差し出したハンカチを手に持たせてくれた。
「よしよし。疲れたよな、ずっと気を張りつめっぱなしでさ。好きなお茶飲んでゆっくり休もうな」

 髪を柔らかく撫でてくれる手の優しい感覚に、目頭がじんと熱くなって、翔一郎が持たせてくれたハンカチで思わず顔を覆った。こくりとうなずく。嬉しくて寂しくて、切なかった。

 出てきたお茶たちは、やはりこだわりがあって、どれも文化祭の出し物とは思えないほどの出来栄えだった。キャラメルミルクティーはキャラメルティーをミルクで割ったものだったから、いつも慈恩が作るものよりあっさりしたものだったが、香りはよく出ていて、なかなかおいしかった。だから、斗音の気持ちもだいぶ落ち着いた。とは言っても、これもやっぱり二口三口程度で限界だった。瞬が結構飲んでくれてはいたが。一品ただで頼んだ杏仁豆腐をみんなでつつき、そこでゆっくりお茶を飲んでから、最後に藤堂属する2-2の『世にも恐ろしい呪われた教室』を観に行った。
「うわぁ・・・・・・凝ってるなぁ・・・・・・」
 翔一郎が思わず教室の扉を見上げた。張りぼてで作られた般若の巨大な顔が迎えてくれていたのだ。
「すごいなあ。立派な作品だろ、これは」
 淡紫色の髪を掻き上げながら、嵐も感嘆の声を上げた。すると、入り口で受付をしていた男子生徒がくるりとこちらに向き直った。
「ようこそ、呪われた我が教室へ・・・・・・」
「わぁああっ!」
 悲鳴を上げた瞬が翔一郎に飛びつく。その男子生徒は頭から血をだらだら流していて、右目が飛び出していたのだ。
「・・・・・・っびっくりしたぁ」
 斗音も思わず心臓を押さえた。どくどくいっている。嵐は思わずその男子生徒の右目をのぞきこんだ。
「すげー、これピン球かぁ。ニス塗って光ってるし、結構グロいなあ。みんなこんなんしてんのか?こりゃ心臓に悪そうだなあ」
「いや、そんな見方をするお前もどうかと思うよ」
 爽やかな顔を引きつらせて、翔一郎がぼやいた。
 中に入ってみると、カーテンで狭い教室が迷路状に遮られていた。あちこちの空き教室から暗幕を借りていた藤堂を思い出し、斗音は思わず納得する。
「よ~う~こ~そ~」
 高い声で弱々しく挨拶しながら、蛍光色の布を頭からかぶったものがふらふらっと出てくる。目の部分と口の部分が縦長のOの字に黒く塗られていて、なかなか愛らしい。
「これは全然怖くないよね。ていうか、カワイイ」
 ややおどおどしながら、瞬が指差す。といっても教室はほぼ真っ暗なので、そのお化けの蛍光色で何となく見える感じだ。
「よ~う~こ~そ~」
「よ~う~こ~そ~」
 ふらふらしたお化けが、たくさん出てきた。五匹、六匹と増えていく。ひょろひょろした声が重なり合って、かなり不気味な様相を呈してきた。
「か~わ~い~い~で~しょ~?」
 別の声が入り混じる。蛍光お化けの向こうに、女の子がいる。ぼさぼさの髪が鬱陶しそうだ。それをぎこちなく掻き上げながら、女生徒がこちらを見た。
「か~わ~い~い~で~しょ~?」
「ぎゃっ!」「ひっ!」
 翔一郎と瞬の悲鳴が重なった。女生徒の口は、耳までの長さで笑みを刻んでいたのだ。
「いや、俺はちょっと肯定の言葉が出てこない」
 妙なツッコミを入れる嵐に斗音が突っ込む。
「口裂け女にはかわいいって言ってあげなきゃ追っかけて来るんだよ?」
「え、マジで?」
「それはやだ」
 ほぼ同時に瞬と翔一郎が反応し、口裂け女生徒に向き直った。
「かわいい!かわいいよ!」
「う~れ~し~い~」
 口の裂けた女生徒がゆっくり近づいてくる。思わず四人で逃げ出した。
「かわいいって言ったら追っかけてこないんじゃないのかよ!」
「追っかけてこなかったら、ちっとも怖くないからじゃない?」
「そりゃ正論だ!」
 突き当りまで逃げてから、『進路』の蛍光看板に従って角を曲がる。すると、いきなり大きなロッカーが順路の真ん中においてあって、白い着物の女生徒が青白い顔で訴えてきた。
「おねがい・・・・・・、これをあけて~・・・・・・」
「あからさまに罠だな」
 嵐がやや笑みを浮かべる。
「無視して行っちゃお」
 やや卑怯な作戦を訴えるのは、瞬である。ところが、言った途端に床からむくむくと骸骨たちが起き上がってきたのだ。
「うわっ、何だ?」
 翔一郎があとずさる。全身黒の衣装の正面に、蛍光のペンキで骸骨が書いてあるのだろう。それが床に腹ばいになっていたから分からなかったのだ。彼らに足首をつかまれて、瞬がぎゃあぎゃあ叫んでいる。再び青白い顔の女生徒が訴える。
「開けてくれないと・・・・・・通さない・・・・・・」
「なかなか考えてあるね」
 足をつかまれながらも、思わず斗音が感心したように声を上げた。そして頼もしい友人を振り返る。
「ということで、嵐。開けるのは任せた」
「何で俺なんだよ」
「今までの行動からして、一番心臓強そうだから」
「いや、お前もなかなかのもんだと思うけど?」
「いいよ、譲るから」
 あっさり言ってにこっと笑った斗音に、嵐は口をへの字に曲げた。
「可愛いってのは、時に大きな武器になるもんだ」
 ぶつぶつ言いながらも、ロッカーの取っ手に手を掛けて、何の躊躇いもなく勢いよく開いた。
「うっ・・・・・・」「げっ!」「ひいいいっ!」「うわ・・・・・・」
 言葉を詰まらせた嵐は思わず手を離して、ニ、三歩後退する。悲鳴に近い声を上げた翔一郎と瞬は足首を解放されたにも関わらず固まった。斗音の顔もやや引きつる。中で首を吊って白目を剥いていたのは、執行部の仲間の一人だった。そのメイクの見事さと来たら、斗音に心臓が強いと言われたばかりの嵐をも絶句させるほどのもので、口の端から鈍い血を垂らし、舌もだらりと出していて、本当に死んでいるのかと思わせるリアルさがあった。
「こっわぁ・・・・・・」
 瞬が翔一郎にしがみついて、思わず一言こぼした。これがまた、下半身は人形と上手くつながっていて、本当にぶら下がっているように見えるのだ。またもや感心したように斗音が溜息混じりに言う。
「こんなとこで出てくるとは思わなかったなぁ・・・・・・藤堂、頑張れよ」

 その肩をポン、とたたいて、斗音は先を促した。
「ね、そろそろ行かない?通してくれるみたいだし」
 さくさくと歩き出した斗音を見ながら、翔一郎がつぶやく。
「嵐、お前あの首吊り死体、触りたい?」
 嵐が背筋を震わせた。
「まさか。正直、かなり気持ち悪いぜ、あれ」
「斗音って結構、現実派だよね。さっきも口裂け女のとき、追ってこないと怖くないとか言ってたし」
 瞬がちょっと意外そうに、自分は翔一郎の腕にしがみついたままでその背中を見つめる。嵐が微かに片目を眇めた。
「あいつにとって今一番怖いのは・・・・・・現実かもしれねえな」
 その後も藤堂が自慢しただけある凝りに凝った仕掛けの中、上から下がる逆さ生首の髪に怯えたり、「握手してください」と書いてある人形の真似をした人間の手を握ったら手首がもげるのに悲鳴を上げたり、耳なし芳一をやらされそうになったと思ったら、目の前の人間の耳が鎧兜の亡霊に引きちぎられるのを目撃したり、解剖されかけの人間が起き上がってきたりするのから逃げ出したりと、かなり恐ろしい思いをしながら瞬と翔一郎はその迷路から抜け出した。嵐と斗音はむしろその仕掛けに感心しながらときどきびっくりしていた。最後は「お疲れ様でした~」と爽やかに声を掛けてきた男子生徒がぺこりとお辞儀をした途端、その首がごとんと落ちて白目を剥いたのに瞬が卒倒しそうになり、翔一郎がへたり込みそうになり、嵐が飛び退り、斗音が目を瞠った。
「・・・・・・すごい、ほんとの頭はどこ?」
「・・・・・・・・・・・・!?」
 卒倒しそうになり、へたり込みそうになり、飛び退った三人は、まるでマジックを見たかのような反応を返した斗音を、異世界の生物でも見たかのように凝視した。
「・・・・・・お、落ちましたけど」
 しどろもどろに言う男子生徒の声は、制服の中から聞こえてくる。どうやら背の低い生徒が背の高い生徒の制服を頭の上まで着込み、詰襟を生かして頭を載せていたらしい。暗い上に、前髪の長い頭で、最初に白目を剥いているのが見えにくかったらしい。
「ああ、なるほどね。ほんとよく考えてあるなあ。細かいところまで。楽しめたよ。ここまでとは思わなかった。お疲れ様」
 最後には拍手の上、これまでの労苦を労わる言葉まで掛けて、如月高校生徒会副会長は呪われた教室を抜けた。残された客三人と、労わられてしまった首のない男子生徒は、しばらく無言のままその背を見送ってしまった。
「驚かす方を驚かせたぞ、あいつ」
「斗音って、天然だっけ?」
「少なくとも俺は今まで、そんな認識してなかったけどな」
 顔を見合わせていると、出口からひょこりとさらさらのアッシュの髪を揺らして、斗音が顔をのぞかせた。
「どうしたの?早く行こうよ」
 色白の整った顔。訝しげに首をかしげる。翔一郎が、細かく二度、頷いた。
「あ、ああ。うん、行くよ」
 思い出したように歩き出す。瞬が続こうとするのを、嵐がその華奢な腕をつかんで止めた。
「?」
「天然って言ったよな、お前」
 きょとん、と大きな瞳が見開かれる。
「天然だっけ、とは言ったかな」
「真面目に考えたんだけどな」
 嵐の眼光は射抜くように鋭い。瞬の瞳がびくりと揺れるくらいに。
「天然なのはむしろ慈恩の方で、あいつはどっちかと言うと現実派だ。普段の斗音の反応は比較的まともだぜ。今の呪われた教室だって根本的にはそうだった。けど、行き過ぎてるって言うか、今のは何か・・・…人間らしい感情がどこか欠けちまってる感じがしねえか」
「えっ?でもさっきは急に泣き出して、気づきもしな・・・・・・あ・・・・・・」
 息を詰める瞬の前で、嵐の美貌が微かに歪んだ。

「あいつの中で、何かが狂い始めてる気がする」

 長かったな、と思った。生徒会室の椅子のひとつに腰掛けて、斗音は机に頬杖を付いた。如月祭初日は大成功だ。色々あって、あっという間だったはずだったが、全身が鉛のように重い。眠りそうだ、と思った。
 全ての催し物が終わり、今は全員が片付けている最中。執行部は今日の全ての情報をここで集約することになっている。斗音は本部待機係になっていて、ここへ直接誰かが連絡を取ってきたときに対処する、という役割である。が、今のところ誰も来はしない。くらりと意識が揺らぐ。
(いけない、みんなが働いてるのに俺だけ寝てるなんて、有り得ない)

 ぶんぶんっと首を振って、乱れた髪を掻き上げた。ぎゅっと目を閉じて、眠気を振り払う。しかしその先から意識が離れていく。どうしようもない。身体が重い。座っているからいけないんだ、と思った。無理やり立ち上がる。少しだけ意識が戻った気がした。ほっとした。途端、何かが切れたみたいに何も分からなくなった。

「放送部はなかなか頑張ったみたいだな。ほんとの音楽番組みたいに、いろんなリクエスト曲に応えてたし、いろんなメッセージ伝達の役割も果たしたみたいだぜ」
「聞いた聞いた。業務用のメッセージから愛のメッセージまで」
 クスクスと笑いながら弓削が相槌を打つ。ついでに付け加える。
「今井も使えばよかったんじゃないか?」
 一日目のアンケート用紙を確認して歩きながら、生徒会長は鼻で笑った。
「俺らはそんなバカップルじゃねえよ」
「・・・・・・ほう?そうだっけか。ていうか、俺が言いたかったのはそっちじゃ・・・・・・」
 反論しかけて、弓削は今手を掛けようとした生徒会室の扉を凝視する。今井も訝しげな視線を向けた。
「今なんか音しなかったか?」
「窓でも開けてんのか?椅子が倒れたみたいな・・・・・・」
 カラカラと扉を開けた二人の目に飛び込んできたのは、倒れた椅子の傍らに横たわっている生徒の姿だった。
「斗音・・・・・・!」
 アンケートを投げるようにして机に放り出し、今井がその脇にひざまずく。そっと抱えて起こすが、完全に意識がないようだ。弓削がそっとあちこちを見ていたが、軽く息をつく。
「怪我はしてないみたいだ・・・・・・でも、頭部のどこかを打ちつけてる可能性があるな」
 無言のままその身体を抱き上げて、今井は思わず息を飲んだ。
「・・・・・・こいつ、こんなに軽いのか・・・・・・」
 力なく仰け反る首は、白くて細い。もともと肌が白くて、どちらかといえば華奢な身体つきだった。そういうイメージだったから、弓削はそんなに気に留めてはいなかったのだが、今井の言葉に眉根を寄せる。
「・・・・・・そういえば、腕とか首とか、こんなに細かったか?」
 合わせる視線は、どちらも深刻な光を宿していた。
「・・・・・・・・・・・・慈恩、か」
 弓削が吐息とともに言葉を吐き出す。今井は抱き上げた腕に力を込めた。
「無理しすぎなんだよ、この馬鹿」
 荒々しく言葉を吐き出し、ソファに華奢な身体を横たえる。そんな今井を弓削は唇を微かに噛んで、じっと見つめた。
「・・・・・・今井」
「何だ?」
 やや剣呑な表情を含んだ視線を、弓削は冷静に受け止める。
「そんな言い方、お前らしくないぜ」
「らしくって・・・・・・俺はっ・・・・・・!」
 今井の眉が吊り上がる。
「ずっと気づいてたんだ。慈恩と離れることになったときから、こいつが苦しがってることも知ってた!」
 ソファの布を鷲掴みにする。その目は白い顔で横たわる斗音に注がれる。
「俺は何度も言った。無理するなって。今朝だって言ったばかりだ!なのにこんな・・・・・・っ」
「なのに?今井、その怒りは斗音に向けてのものなのか?」
 ゆっくり、わざとらしいくらい静かな口調で言いながら弓削は歩み寄った。
「それとも」
 今井の隣に片膝をついて、陶器のように白い斗音の頬にそっと指を触れた。
「自分の想いが届かないのが悔しいの?」
「ば・・・・・・っ」
 弓削の横顔に向き直って、今井の感情が爆発しようとしたとき、その爽やか系の瞳がすっと自分たちのリーダーを射抜いた。
「馬鹿野郎、とでも言う?それこそお前のセリフにしちゃ俗っぽすぎる。それに俺は、そんなに的外れなことも言ってない」
 今井の中の沸騰しそうだった血が音を立てて冷めていくようだ。たちまち色を失う。
「お前、斗音の」
 更に言葉を連ねようとした弓削が、いきなり視線を反らした。というより、触れていたものに気をとられたのだ。ひやりと冷たいものが自分の指に触れたのを感じた。
「・・・・・・斗音」
 まるで突き放すかのような弓削の口調が、うって変わって優しくなる。触れてきた冷たい指を、もう一つの手も添えてそっと包み込んだ。その声音のまま囁く。
「・・・・・・大丈夫か。どこも、痛くないか?」
 弱々しいとしか表現の仕様がないほど微かにうなずいて、斗音は困惑したように薄茶の瞳をめぐらせる。
「・・・・・・すみません、俺・・・・・・眠くて・・・・・・自分で、覚えてないんですけど・・・・・・」
 声にも驚くほど力がない。おどおどしたように今井と弓削の間で視線を彷徨わせた。
「・・・・・・ごめんなさい、みんなが働いてるときに・・・・・・こんなとこで、寝ちゃうなんて・・・・・・」
「寝てた、だと?あの状態で?」
 今井が思わず聞き返す。弓削もさすがに険しい顔になる。その二人の反応に、ますます自分のしていたことに自信が持てなくなったらしく、斗音はやや身体を縮こまらせた。
「ご、ごめんなさい・・・・・・自分では、覚えてないんですけど・・・・・・しかもあの・・・」
「しかも、何だ」
 今井の声はあまり優しくはない。弓削は、包み込んだ手が微かに動いたのを感じた。

「・・・・・・身体が、なんだか鉛のようで・・・・・・思うように、動かせないんです・・・・・・」
「「えっ」」
 聞いた二人の声がそろった。動揺を見せたのは今井だ。
「倒れたときに、どこか打ちつけて・・・・・・?」
 弓削はまだひやりとしたままの頼りない指を握り締める。
「どこか痛いとこ、あるか?お前分かってないみたいだけどな、気ぃ失って倒れてたんだ。結構派手な音したし、ぶつけてる可能性も十分・・・・・・」
 慌てて首を振ったのは斗音だった。
「いえ、そういうんじゃ・・・・・・そう言われればあちこち痛い気は、しますけど、そんな感じじゃなくて・・・・・・身体が重いっていうか・・・・・・」
「それは疲れが溜まってるってことだ」
 突然割って入った声は、新たに生徒会室に到着したメンバーのものだった。弓削と今井が驚いたように、その声の発生源となった背後を振り返り、やや鈍さを見せながらも斗音がそれに反応した。鍛えられた体躯で肩をすくめながら、武知が付け加えた。
「俺らもめちゃくちゃハードな稽古したあととか、ぴくりとも動けなくなることあるぜ。分かってても動かせねえんだ。肉体的な疲労が限界に来てて、精神的にももう限界、とか、きっとどこかで感じてるんだろうな。半分金縛りみたいなもんだ。あれも身体を動かす指令を出す脳が睡眠状態にあるとなるもんだからな」
 ほらよ、と投げてよこしたのは、椅子の上にかけたままになっていた弓削のウインドブレーカーだった。
「ま、ないよりましだろ。少し休めば動くようになる。しばらく寝てろ」
「あれ、斗音どうしたんすか?うわ、顔色悪っ!発作?」
 更に首吊り死体としての名演技をしていたメンバーがのぞき込む。紅一点の莉紗が、有志の状況報告をまとめた資料を抱えたまま、同じようにのぞき込んで来た。どうやら武知のすぐあとに、二人でやってきたらしい。
「あ、何か飲み物買ってこようか?あったかいものでも」
 微苦笑して、斗音はわずかに首を横に振る。
「いえ・・・・・・大丈夫です。・・・すみません・・・・・・みんな忙しいのに」
 ほう、と大きく息をついて、このメンバーたちのリーダーが腰を上げ、斗音の前髪を乱すようにした。
「これはお前を今までこき使いすぎた俺の責任だ。だから俺がその分の責任は取る。いいか、命令だ。明日以降のためにも、お前は今ここで身体を休めること。そして、明日はもう少し元気に参加すること。以上だ」
 それを合図にみんなが一斉にうなずく。
「そうよ。すごく顔色悪いし、なんだかんだ言ってじっとしてられない人なんだから」
「今くらいはじっとしてなよ」
「そうだ。ていうか、眠いなら寝りゃいいんだよ。気を遣う必要なしだ」
「武知の言うとおりだ。・・・・・・おやすみ、斗音」
 最後に弓削が優しく言って、包んでいた手をそっと薄い胸の上に載せた。
「はい・・・・・・」
 やつれた微笑みのまま、斗音はそっと目を閉じた。急速に意識が遠ざかっていく。吸い込まれていく。もうもたない。最後に一言、これだけは言わなくては。そう、自分を大切に思ってくれた仲間たちに。
「・・・ありがとう・・・・・・ござい・・・ま・・・す・・・・・・」
 最後は蚊の泣く声よりずっと小さかった。その消え入りそうな声を最後まで聞いてから、それぞれ席に着いた斗音を除く執行部の現メンバーは顔を見合わせた。
「・・・・・・慈恩の分まで、って、いつも何かに取り憑かれたみてえに仕事してたからな。あんまり役に立つから俺らもありがたく働いてもらってたけど、やっぱもっと気をつけて見ててやるべきだったな」
 武知が言葉をこぼす。莉紗もやわらかそうな髪を揺らしてうなずいた。
「最近特にひどいよね。すごくつらそうなことが多いの。明日、大丈夫かな・・・・・・」
「来んなっつっても来るだろうし、ここまで頑張ってきて当日来るなっつーのも酷な話だしなあ」
「ぶっ倒れないように気をつけてやらないと、ほんと無茶する奴だから」
 言った弓削をちらりと見てから、今井はぐっと瞳を前に見据えた。
「だからこそ今休ませたんだ。明日もなるべく俺たちでサポートしよう。あいつに今まで任せすぎてた分、取り返すぞ。じゃあ、早速だけど、それぞれ今日挙げられそうな課題点、莉紗から頼む」
 こく、とうなずいた彼女は、早速手に抱えていたままの資料を机でそろえた。
「えっと、まずは有志の方だけど、苦情はないわ。むしろ去年よりずっといいって声の方が多かった。ただ、時間は抽選だったんだけど、お互いに利害関係が一致したら時間を変えてもいいんじゃないかって言う声もあったから、これは来年から当事者同士、プログラムを制作する前に申請すれば受け付けてもいいと思う」
「了解。まあ明日に関してはプログラムも出ちまってるし、変更なしで行こう。藤堂、悪い、斗音の代わりに記録してくれ。来年度への申し送り事項で処理。次、武知。出し物関係だ」
 てきぱきと今井に指示されながら、執行部が機能し始める。
「こっちもなかなか好評なものが多かったぜ。まあ、出し物に関してはクラスそれぞれのもんだからな。けど、評価が激しく両極端に分かれたのがあってな。おい藤堂。呪われた教室、怖すぎて失神者が出たらしいな。しかも二人もだ。それだけ怖いっていうのはおばけ屋敷の評価としては高いんだろうけど、やりすぎじゃねえかって声もあったぜ。ま、今日だけだし、今更苦情言ったって仕方ねえか」
 藤堂は思わず首をすくめた。
「すいません」
「ああ、正直あれは怖すぎたからな。じゃあ、来年の申し送りに。リアルすぎる首吊り死体と取れる手首や頭部は考慮すること、と。じゃあ次、弓削」
「売り物関係は、3-4の露店で生焼けのたこ焼を買わされたって苦情があった。すぐ文句言いに行って、代わりの物もらったらしいけど。衛生面から考えても、調理物は気をつけた方がいいな。喫茶はどっちも苦情なし。フリマも結構盛り上がっててよし。こっちは以上だ」
「なるほど。火を通すものに関しては、忙しいかもしれないけど責任をもって調理すること。これは明日の朝確認するぞ。じゃあ藤堂」
「あ、はい。クラブ発表では、家庭科部で実習に参加せずに出来上がったものだけ食べに来る人がいたそうで、そういうのは遠慮して欲しいそうです。ちゃんと参加料を払ってから、ということで。それから、放送部ですが、リクエストが多すぎて対応しきれないくらい盛況だったとか。明日は先着何人とかで限定するそうです。囲碁将棋は、道場破りがいたそうで・・・・・・特に問題はなかったんですけど、部長、副部長、エースが破られて泣きを見たとか。あとは特に今日のところ、報告ありません」
「ふん。家庭科部は可哀想だな。明日の朝全体に忠告。放送部は自分とこで放送してんだから、そう言えばいいだろう。てか、ほっといても言うだろ。囲碁将棋に関しても、それもいい刺激になるだろうってことで、特になし。俺は一応先生方から問題点がなかったかどうか聞いたけど、水蒸気爆発実験は観客が随分少なくて寂しかったらしいな。明日もやりたいらしいから、宣伝する許可が欲しいって顧問の先生に言われた。一応協議事項だけど、どう思う?」
「ああ・・・・・・まあ外で勝手にやるんだろうし、確かに客は少なかったろうな。昼にでもやってもらえばいいんじゃねえの?」
「諸連絡で付け加えてもらえばいいんじゃない?執行部から言うよりインパクトあると思うし」
「そうだな。先生じゃなんだから、部長にでも言わせるといい」
「俺もそれでいいと思います」
「よし、じゃあ決定。やる時間帯としてはみんなが外に出る昼食時を勧める。最初の諸連絡で科学部の部長が宣伝。じゃあ莉紗、その枠明日取ってやってくれ」
「了解。全校集会の諸連絡で空けるわ。司会で弓削くん、指名してね」
「いいよ。武田だったな」
「じゃあ明日のLove&Peace企画について、最後の打ち合わせと行こうか」
 理想的なリーダーシップで話し合いを引っ張りながら、ちらりと今井はソファに目をやった。綺麗な寝顔。しかし病的なその白さ。ほんの一時の休息なんかでそれがどうにかなるはずはない。そんなことは誰の目にも明らかだった。
(一体どうしたっていうんだ。ただでさえも身体に爆弾を抱えてるようなものなのに・・・・・・慈恩、お前は本当に知らずにいるのか。それでいいはずがないのに・・・・・・)

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