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三十.如月祭 その三

 翌日もからりと晴れた分、朝は結構冷え込んでいた。しかし、時間が経つにつれて気温は徐々に上がり、如月祭の二日目がスタートする頃には、みんながいい気分でいられるほどのよい気候になった。
 前日の綿密な打ち合わせのおかげで最初の全校集会も滞りなく進み、如月祭の二日目の幕が開いた。前日に出し物を終えてしまった2-3の三人衆は、心置きなく自由に如月祭を楽しむことに決めていた。
「嵐は今日最初からサスペンス喫茶に駆り出されてるから、可哀想だよね」
「あいつがいたときの売り上げが、いなかったときの売り上げの三倍あったんだってさ。だから昨日の最終打ち合わせで急遽出番が増やされたとかなんとか」
「あったりまえじゃん。嵐だよ?嵐目当ての女の子がわんさと来るでしょ。それにあの演技力だもん、参加してて面白くないわけないしね。それだけでもお客増えるし」
「今日も嵐がいるとき狙って、一回行こうよ。昨日もすごく楽しかったから」
「いいねー、行こ行こ!あ、でも混んでるかなぁ?」
 プログラムを片手に、体育館の一角で楽しげに予定を立てている。
「今日は専ら劇がメインだよね。特に最初何もやってないし、如月新喜劇見て、ちょっと早めに抜けてS.S.Sのダンス見て、急いで戻ってリング観る」
「無理だよ。絶対席残ってないって」
「むっ」
 瞬は可愛らしい顔をしかめ面にした。それでもアイドルばりに可愛らしいから、いろんな意味で大したものだ。
「じゃあ翔一郎残って席確保しててよ」
「何で俺が」
「じゃあ斗音に確保させるって言うの?こんな青白い顔してんのに、暗い体育館にずっといろっての?」
「何でお前が残るって選択肢が登場しないんだよ」
「だって行きたいの、俺でしょ?」
「どこのわがまま姫だお前は!見たいのはみんな一緒だ!」
「あ、姫って言ったな!何でそこでキングとかが出てこないんだよ!」
「更にその上行きたいのかよ、お前は!大体キングって柄じゃないだろ。よくてプリンスだ」
「翔一郎が言うとアホっぽく聞こえるから、ビミョーに腹立つよね」
「そのセリフがどうだよ!」
 半分けんか腰にさえ聞こえるこのコント気味の会話に、斗音は思わずけらけらと笑い出す。
「ほんと、息ぴったりだなぁ。どう、お笑い目指したら?」
 冗談半分に言った途端、二人が一斉に斗音に視線を向けた。
「「やだ」」
 そろい過ぎである。更に噴き出しながら、斗音は自分を抱き締めるようにして笑いを抑える。
「どうして?」
 翔一郎が、さもありなんと肩をすくめる。
「苛められるの、俺だぜ?」
 瞬は色素の薄い長めの髪が肩で流れるくらい、首を傾けた。
「俺が悪者に見えるじゃん」
 あ、自覚してるんだ、と口に出すほど斗音は浅はかでもない。ところが同じ思いをしていたのか、翔一郎が口を滑らせた。
「何だお前、分かってたの」
 瞬の可愛らしいはずの瞳が、半眼になる。あ、と翔一郎が口をつぐんだが、遅かった。
「翔一郎、ちゃんといい席確保しといてくれるんだよね?」
「え、そんな・・・・・・っ」
 翔一郎の不利は決定的だった。斗音はまだ肩を揺らしてくすくす笑いながら、瞬の肩をぽんぽんと軽くたたいた。
「いいよ、俺席取っておくから。二人で見てきなよ」
「えぇっ?でもぉ・・・・・・」
 やや不満そうな瞬をなだめるように、更に言葉を紡ぐ。
「会長命令が出てるんだ。絶っっっ対に無理するなって。格技場まで五分のために往復するのも大変だし、リングは最初から見逃さないようにって伊佐治先輩に釘刺されてるし。いい席取ってるから、その代わり写真撮ってきてよ」
 それでも瞬は微かに不服をその可愛らしい顔に浮かべていたが、翔一郎に無言でうなずいて目配せされて納得した。
「了解。ごめんね斗音。俺わがままで」
「瞬はそれでこそ瞬だからいいんだって」
 端から見ると美少年同士の心温まる会話である。一人、背の高い精悍な雰囲気の翔一郎が、思わずぼやいた。
「なに、その対応の違い」
 瞬が見ているものを魅了させるような華やかな微笑みで返した。
「普段の印象の差?」
「ええっ!」
 やっぱり絶妙なコンビだ、と斗音は心の中で確信していたが、それに斗音も含めてトリオだからこそ、かなり絶妙なやり取りが展開されているということには、気づいていなかった。
 その絶妙さに勝るとも劣らない2-6の「吉本ならぬ 如月新喜劇」は、これまたなかなかの出来栄えだった。吉本のお決まりの笑いも取り込みつつ、それ以上に新しい笑いを盛り込んだもので、会場中がずっと笑いっぱなしだった。瞬と翔一郎はもとより、斗音も気が狂いそうなほど笑っていた。しまいには瞬の肩にもたれかかって息も絶え絶えというくらいだったので、瞬は笑いながらも心配したほどだった。
「じゃあ、すぐ戻ってくるから、先にリング楽しんでてね」
 結局最後のオチまで見た瞬は、斗音に手を合わせてウインクしながら慌てて立ち上がった。翔一郎はせかされながらもややゆっくり立ち上がる。
「斗音、俺も残ろうか?一人で三人分の席、確保できるか?」
 気遣いも混じっていただろうが、半分以上本気の言葉に、斗音は肩をすくめた。
「荷物のひとつも置いとけば平気だって。早く行かないとどっちも間に合わないよ。ほら、瞬がもうあんなとこまで行っちゃってる。苛められる前に行ってきなよ」
 それが斗音の本音であることが伝わったのだろう。翔一郎はうなずいて微笑んだ。
「ありがとな、斗音。任せた」
 既にかなり離れている瞬が、こちらを向いて、はーやーくー、と叫んでいるのが分かる。長い脚を動かす速度を上げて、たちまち追いつく。息ひとつ切らさない友人に、瞬は早足で歩きながらちらりと視線を流した。
「ねえ、笑うってのはかなり体力を消費するものだよね」
 突然の振りに、きりりとした涼やかな瞳が不審げにひそめられる。
「斗音のことか?」
「ん。あんな馬鹿笑いして、腹筋が痛くなって、呼吸困難になりそうになっても、仕方ないよね」
 瞬の茶色い瞳は前を見つめたままだ。翔一郎は微かにうなずいた。
「まあ、そういうこともあるかもしれないな」
「まして、斗音みたいにちょっと体力的に弱ってたら、かなり有り得るよね」
「瞬」
 名前を呼ばれて、可愛らしい瞳が振り返った。急いでいた足も止まる。隣を走っていた翔一郎に合わせたのだ。その目の前に、男らしい精悍さを湛えたその顔に不安を載せた表情があった。
「・・・・・・やばかったのか?あいつ」
「ううん。ただ、異常だなって思ったんだ。狂ったみたいに笑ってたから・・・・・・。昨日嵐に言われたこともあったから、余計そう思うのかもしれないけど」
 瞬はゆっくり一呼吸を置いて、自分を納得させるようにうなずいた。
「馬鹿笑いすることだってあるよね。その結果息も絶え絶えになることも、それほど不自然じゃない。大丈夫だよ」
 言いながら、自分より十センチ以上も高い友人を見上げる。
「翔一郎だってそう言っただろ?」
「・・・・・・」
「残ればよかったって、思ってる?」
 言い当てられて、翔一郎は思わず唇を噛んだ。長い睫毛の影がかかるような感じで、かすかに目を伏せた瞬だったが、小さく首を振った。
「俺たちが気を遣うと、斗音は余計疲れちゃう。俺たちといる間は、斗音は絶対弱音も吐かないと思うし、つらくなっても楽しそうなフリすると思うんだ。だから・・・・・・逆にへたばってもいい時間を作った方がいいんじゃないかと思った。だからさ」
 斗音から預かってきた、正確に言えば斗音が今井から託されたカメラを目の高さまで上げて見せる。
「とっとと証拠写真とって、戻って少し様子見よ」
 にこ、と笑みを見せた瞬につられるようにして、翔一郎も苦笑した。
「お前って結構行き当たりばったりで、思いつくことぽんぽん言っちゃうタイプだと思ってたけど、意外に結構考えてるのな」
 瞬の可愛らしい笑顔に小悪魔が宿る。
「そんなことないよ。翔一郎の考えが足りないどころか、甚だしく不足してるから、一般的な俺でさえそう見えちゃうだけだって。さ、早く行こうよ」

 翔一郎の口が一瞬、金魚のようにパクパクした。言いたいことはあったが、小悪魔的な笑みによってそれは喉の奥で封じられてしまっていた。

 心配されまくりの斗音の方は、大きく伸びをして大きく息を吐いた。昨夜は疲れていたはずなのに、やはりゆっくり眠れなかった。何か物音がするたびに、ベッドの中で思わず身を硬くする。うとうとと自分でも夢だと分かる中でも、怯えている。眠ってしまえば何をされるか分からないのに、と、必死に起きようとするけれど身体は動かない。そんな葛藤の繰り返しで、明け方にはぐったりと疲れてしまっている。生徒会室でほんのつかの間の休息は取ったのだが、それも焼け石に水だった。
(それでもないよりよっぽど楽かな?)
 気持ちが少しだけ上向きだ。身体の重さも、ほんの少しだがいつもよりましな気がする。二人がいないので、とりあえず前の方に席を移してハンカチとシャープペンシルを置いてみた。これでも駄目そうなら、靴でも置いてやろうと思っている。席取りは万全だ。そこでパイプ椅子に深く背を預け、脱力した。カクン、と頭が垂れる。少し楽な気分になる。
(しばらくこうしてても・・・・・・気にならないだろ・・・・・・)
 ぴくりとも動かなくなった。その周りでは、慌ただしく人が入れ替わり、ステージ裏での猛スピードの準備が行われ、そして莉紗のクラスのリングの幕が上がった。誰もが知っている心霊写真の恐怖からであるが、斗音の目には映らない。のっけから結構客席から悲鳴も上がるが、それも耳には入らない。
「・・・・・・ちっとも動かないよ?寝てるのかな・・・・・・?」
「もういいだろ。行こう」
 体育館の後方からずっと様子をうかがっていた二人にも、もちろん気づかない。二つの影は真剣に劇に魅入っている視線の邪魔にならないように、片方は早足で、片方は背をかがめるようにしながら大股で、前の方に二つ空いている席を目指して移動した。小声で謝罪の言葉を撒き散らしながらその席に到達した瞬は、置いてあったハンカチを持って、隣の斗音の肩をそっと揺するようにした。
「・・・斗音・・・・・・大丈夫?」
 ほぼ時を同じくして更にその隣の席に静かに腰掛けながら、翔一郎も心配そうに見つめた。その目の前で、斗音はふわりと顔を上げた。
「あ・・・・・・おかえり。早かったね」
「・・・・・・早くないよ。もう始まってるじゃん」
 こそっと囁いて瞬がステージを指す。犠牲者の一人のうちへ、主人公の女性が行った際に、その子供が何かを見つけたように二階を見上げている、というワンシーンだ。斗音は大きな瞳でそれを見つめ、改めて周りを見回した。
「・・・・・・ほんとだ」
「・・・・・・・・・駄目じゃん、見逃しちゃ」
 瞬がふざけたように小突く。つられたように笑って、斗音は肩をすくめた。
「ほんとにね。一瞬目を閉じただけのつもりだったんだけど」

 言いながらステージに集中する。遅れてきた二人は思わず顔を見合わせた。

 時間は午前十一時半を少し過ぎたところ。リングの上演が終わって、みんなが今見たばかりの劇に感嘆の言葉や吐息をこぼしつつ体育館から出てくる。丁度昼時なので、喫茶が混み始める頃だ。そこで、やっと解放された嵐が合流する。昼食時は嵐がいなくたって勝手に人が入るので、むしろ嵐がいると混雑の元になるのである。
「マジで、マジで怖かったぞ、リング!」
「あれ、マジックだったよね。テレビ画面からちゃんと貞子が出てきたんだ」
「伊佐治先輩が、うちの貞子はすごいって言ってたけど、あのことだったんだなあ」
 様々に漏らす感想を聞きながら、嵐がへえ、と相槌を打つ。
「どんな風に出てくんだ?」
 やや興奮気味の瞬が身振り手振りをつけながら説明を始める。
「テレビはね、客席に分かる程度に大きいんだ。まずすごいのが、その画面がちゃんと変わるんだよ。紙芝居みたいな要領なんだけど、正直変えてるのはわかんないんだ。なのに、どんどん井戸から貞子が出てきて、少しずつこっちに近づいてくんの。もちろん、映像でもなんでもないんだよ?雰囲気出すために照明がチラチラしてたから、それが鍵なんだろうけど、見てる方にはぜんっぜん分かんなくて、ほんとに近づいてくるみたいで怖いんだよ」
「そうそう。でな、画面は紙でできてるはずなのに、破ってもいないのに、ぎりぎりまで近づいたと思ったら髪の毛がだらっと画面の外に垂れ下がるんだ。みんながぎゃあって叫んだら、ぬっと髪の毛に包まれた頭が出てきて、白い手が出てきて、白い着物が出てきて、ゆっくり全身外に出てきたんだぜ?」
「会場中、絶叫だったね」
 こちらもやはり興奮気味の翔一郎が大きくうなずく。
「それが目を剥くシーンあるだろ?本物は舞台の男に向かって顔見せるだけなんだけど、同時にそのテレビ画面にめちゃくちゃリアルなあの「目」が出てきてさあ」
「すごい悲鳴だったよ」
 うんうん、とうなずいているのは、怖いもの知らずの斗音である。瞬がじれったそうに両手を震わせる。
「ああ―――っ、もう、説明なんてしきれないよ!嵐もこっそり抜けてこればよかったのにぃ~」
「馬鹿野郎。こっちは慈恩がいなくなった分、客寄せが大変だったんだぞ」
 かなり不満顔の嵐である。俺だって見たかったんだ、とぼやく。
「みんなリング観に来てて、喫茶は確かに大変だろうね」
「別にいいじゃん、ほんとの利益競争じゃないんだから」
 瞬がこそっと言うと、嵐は美しい目をやや細めた。
「悪かったな。一応うちのクラスも賞狙ってんだよ。ユニセフに寄付する金額が大きくなれば、貢献度が高いって評価が加わるだろ」
 滅茶苦茶熱を入れているわけでもないのだろうが、クラスが一致団結するというときに、興味のない態度で輪を乱すような真似もしない。それも嵐のいいところだ。
「さて、そんなこと言ってると、斗音が飯食えなくなっちゃうだろ。喫茶は混むから露店で適当に済ませようぜ。あとで嵐のとこにも行くから、それでいいだろ」
 爽やかに割って入った翔一郎に、嵐がうなずく。
「十二時から執行部の企画だったな。何時に行けばいい?斗音」
「十分前に集合かかってる」
「ほんとに時間ないな。よし、何がいい?俺と翔一郎であの混雑突破してきてやるよ」
「え、俺も?」
 思わず聞き返した翔一郎に、嵐は誰もが見惚れるスマイルを浮かべた。
「こいつらじゃ紛れて動き取れなくなるのがオチだろ。露店だって喫茶ほどじゃないけど混んでるぜ」
「ああ・・・・・・そうだなぁ。じゃ、何にする?」
 すごく納得したのがよく分かるセリフに、やや瞬がプライドを傷つけられたらしく、可愛らしく唇を尖らせた。
「たこ焼とクレープとアイスティーミルクつきと綿飴でいい」
「へ?」
「わざと持ちにくいの選んでねえか、瞬」
「だったら氷も加えようか?」
 きょろんと上目遣いで可愛い瞳を見せる。嵐がやれやれ、と頭を掻いた。
「いいけど、ちゃんと全部食えよ、お前。斗音はどうする?」
「え、ああ・・・・・・そうだな・・・・・・」
 ちょっと困ったような迷い方をする斗音に、すかさず瞬が提案する。
「ね、俺と半分ずつにしない?割り勘で、ね?」
「食いきる自信がないなら、最初からそんなに注文しなきゃいいのに」
 ぼやく翔一郎に、瞬はべ、と舌を出して見せた。
「いろんな種類が食べたかったんだもん。よかったら翔一郎も入れてあげるよ?」
「たこ焼以外興味ないなあ」
「俺も、綿飴とかクレープはいらねえな」
 嵐がいると、翔一郎も一方的に取り残されることがないようだ。時間のない斗音がうなずきながらまとめた。
「じゃあ、クレープと綿飴はひとつずつ。アイスミルクティーもひとつ。たこ焼は俺と瞬でひとつだけど、あと二人で欲しい分足して。それ以外は翔一郎と嵐の分だから、好きに選んでよ」
「了解。よし、いくぞ」
「斗音、ほんとにクレープと綿飴食うの?瞬に遠慮しなくていいんだぞ?」
「せっかくだから、もらうよ」

 にこりと微笑んだ斗音に、翔一郎もそっか、と笑みを見せる。嵐も整った唇を歪めるようにして笑みを載せた。

 執行部の企画は当番制の交代制である。午前中フリマとリングで忙しい弓削と武知と莉紗は後半組、前日に出し物を終えてしまっている斗音と藤堂、そして午後からの出し物になっている今井が前半組みだ。やや遅れている今井に先んじて、二年生二人で準備を始める。
「アンネが見られなくて残念だな」
「うちの演劇部は気合入ってるもんなぁ」
 都の演劇祭で優秀賞を獲得したというものらしい。丁度悲劇の少女アンネというのは今回のテーマにも関わっているということで、満を持しての公演である。クラスの出し物は素人が一生懸命工夫を凝らして作るものだが、演劇部ともなるとかなり本格的なのだ。
「仕方ないよ。誰でも自分の持ち場があるんだし。嵐も喫茶に借り出されてて、リング見れなかったってぼやいてた」
「リング、なあ!すごかったよなあ、あれ!仕掛けもすごかったけど、怖いのなんのって!」
 前日一人の男子生徒を失神させた首吊り死体の言うセリフではない。
「でもさすが三年生って感じだったよ。やっぱ気合の入り方とか、アイデアのレベルが違うって言うか」
「そうそう。ところで伊佐治先輩どこで出てきたか気づいてたか?」
「それが分かんなかったんだよね」
 てきぱきと会場を整えながらの雑談に、遅れてきた生徒会長が割って入った。
「子供時代の貞子」
「え?」「あ?」
「悪い、遅くなった。セットだけはもう運び込んできたんだ」
 理知的で魅力的な笑みを浮かべながら今井は肩をすくめた。
「あ、寄付者に書いてもらう名簿どこだっけ?」
「まだここに。あと署名の方はこっちです」
「え、会長。子供時代の貞子って・・・・・・あの、過去の映像の中で主人公の手首をつかんで痣を残す・・・・・・?」
「お、藤堂、ちゃんと覚えてるじゃないか。そう、あれ。一瞬だったからな」
「そんなあ。俺、伊佐治先輩を信じてたのに」
 はうぅ、と溜息をつく藤堂に、斗音が首をかしげる。
「その発言は微妙な気がするけど?」
「何でだよ、斗音。伊佐治先輩、自分は貞子じゃない、みたいなこと言ってたの忘れたのか?」
「ああ、似たようなこと言ってたな、確かに。でも、貞子じゃない、とは言ってなかったぞ」
「だーまーさーれーたーーー」
「何お前、莉紗のこと神聖視してない?」
「えっ、いやそのっ、あのっ」

 全国でも屈指の有名進学校のリーダーたちの会話とも思えない雑談だったが、気を張らずにいられた斗音にはありがたかった。そのうち自分のクラスに少しでも貢献を、と、次々署名や書き損じ葉書などの寄付希望者がやってきて、それどころではなくなり、二日目前半のアンケート集計なども重なって、忙しさの中に斗音の意識はひっぱり込まれていった。

「さてと、はりきって新撰組観るぞ!」
 解放感に溢れた声を上げるのは嵐だ。午後の一時十分のショーにまた駆り出されたのだ。昼食を終えてちょっとバンドと演劇部を観ただけで。もちろん、瞬と翔一郎は斗音が後半組みと入れ替わる一時きっかりに、署名がてら迎えに来た。まだ後半組みがそろわないから、と躊躇う斗音は、ほとんどさらわれていくような感じで二人に連れ出され、今井と藤堂に笑顔で見送られた。
「お前は楽しんでこればいいんだって」
 今井にそう肩を押され、斗音はうなずくしかなかった。そして、「もうこれっきりだからな!どう考えても俺だけ労働時間多いんだから!俺にも如月祭を見て回る時間をくれ!」とわめいていた嵐のラストショーに参加し、今度はカンフーアクションに巻き込まれた。
「サスペンスじゃなかったの?」
 小首をかしげた瞬に、見事な太極拳をやってのけた嵐は屈託なく笑った。
「ちゃんと正体不明だった恐喝グループをやっつけたろ?あちこちにいる役者がマスターに泣きついてきて、どんな奴にやられたかって情報を渡して推理して、最終的に店の客に紛れ込んでたグループがどこにいるのか当てて見せる。で、最後に犯人捕獲。立派にサスペンスだろ?」
「前回の強盗人質事件に比べると、今回はサスペンスって言うか、推理ショーだった気がするけど」
「今回のメインは俺のアクションだからいいんだよ。あれでも一応やってる奴に習って練習したんだぜ」
「え、すごい!」
「何にしろ、これで俺は晴れて自由の身だ!何の気がかりもなく劇に集中できる」
 感情たっぷりで言った嵐に、斗音は思わず微笑んだ。
「お疲れ様。俺たちよりよっぽど覚えること多かっただろうから、大変だったよね」
 言ってから、彼にだけ聞こえるように声を潜める。
「太極拳って、誰に習ったの?もしかして、斯波さん?」
 ぴく、と嵐の肩が動いた。どうやら当たりらしい。心の底から納得する斗音である。
「あの人なら出来そうな気がする」
「あいつの前でそんなこと言うなよ」
 嵐の声も小声になる。え?と首を傾ける斗音に、柳眉を寄せて見せた。
「つけ上がると手に負えないんだよ、あの馬鹿は」
 馬鹿という言葉とはかけ離れたところにいそうだった俺様青年だったが、なんだか嵐の言葉にはすごく重みがあるような気がして、思わず笑みをこぼす。この嵐が言うのだから、本当なのだろう。そんな斗音をじっと見て、更に嵐が小声で付け加える。
「あいつがお前のこと気にしてた。悩んでることがあるみたいだったし、ストレスはよくないはずだからって。一回あいつにも診てもらったら?いい薬処方してくれるぜ、きっと。腕だけは確かだし」
 ちょっとぎくりとしながら、曖昧にうなずく。心配されているのだと痛感する。でも、あの俺様組長の何でも見通してしまう鋭い瞳を思い出すと、気が引ける。きっと全て見抜かれてしまう。そしてあの豪胆な性格だ。何があろうとも慈恩に知らせないはずがない。それが怖かった。
「なんだかんだ言って、斯波さんのこと随分信頼してるんだね」
 笑って見せた。同時に照明が落ちて新撰組の幕が上がる。片眉を上げてみせる嵐の横顔を見ながら、何とか話題を逸らすのには成功したと思った。劇が始まってしまえば、こんな他愛もない会話はいくら嵐でも覚えていないだろう。そうであって欲しいと願いながら、斗音もステージに目を向けた。
 前評判で一位二位を争っていただけあって、今井の所属する3-1の新撰組は相当見ごたえのあるものになっていた。ストーリーとしては前半の盛り上がりで芹沢鴨の暗殺、最大の山場は池田屋事件、そして山南敬助切腹を終盤の盛り上がりとし、新撰組の盛衰を簡潔に描いたものになっていた。その中でやはり異彩を放っていたのは鬼副長と呼ばれた土方歳三を務める今井だった。普段はどちらかというと比較的温厚な近藤勇の性格に近いのだが、頭脳のキレ具合や芯の強い辺りでははまり役である。これまた演技が上手い。意外性やアイデアではなく、正統派で攻めている劇だった。特に芹沢の暗殺や池田屋事件の殺陣は、相当練習したのであろう、その場面だけで拍手喝采が起きるほどの迫力だった。そんな隊士たちなのに、割とキャラが立っていてコミカルな場面を取り入れてあったりもして、ずっと見ていて飽きなかった。
「さすが、って言うか、三年の貫禄って感じだね」
 観終わって真っ先に瞬がそう嘆息した。翔一郎が大きくうなずく。
「面白かった。なんか、レベルが高かった」
「演劇部も真っ青だな。今井さん、役者になれんじゃねえか?」
「うん。かっこよかったしビミョーに可愛かった」
「沖田の血を吐く場面もすごかったね。あれ、手にスポンジとか持ってたのかな」
「ああ、結構ぼたぼたって落ちてたし、マジで吐いたかと思った」
 それぞれ思い思いの感想を口にする。斗音自身も今見た劇で頭が一杯で、つい一時間ほど前の嵐との会話をすっかりどこかへ置き去りにしていた。
「リングも新撰組も前評判に違わずってとこだよな。残るはラストのベルばらか」
「男クラだからねぇ。怖いよねえ」
「大量の女装を見るわけか」
「・・・・・・でもお金は一番かけてるからね」
 裏事情を何気なくばらしつつ、斗音が軽くフォローを入れる。三人が相槌を打つ。
「斗音は二日目の審査員にもなってるんだよね?」
「全部のクラス劇を観る条件でね」
「今んとこ、リングと新撰組はどっちに軍配が上がってると思う?」
「うーん、どうかなあ。どっちも甲乙つけがたいレベルに達してたからなぁ」
「おっと、幕が上がるぞ」
 照明が徐々に消えていき、会場中のざわめきがおさまる。光に慣れていたせいで、観客の目は真の闇に覆われ、その耳に舞踏会の華やかな音楽が聞こえてきた。するすると幕が上がる。場内から重厚なざわめきが起きた。
「これは・・・・・・ほんとに?」
 着飾った美しいドレス姿の美女たちが優雅に扇などを持ち、上品に会話している。
「・・・・・・マジかよ・・・・・・あれ、佐野先輩だぜ」
「やっぱ?でも、これは別人みたい・・・・・・ていうか、ほんとに、男?」
 実はこの男子クラス、結構男子バスケット部員が所属している。どうやら佐々や門真も美女に加わっている。
「驚いた。・・・・・・化けたもんだなぁ」
 豪奢な金髪のかつらにアクセサリー、扇にドレス。どれも手作りか安く購入したものだとは聞いているが、その凝りようときたら半端じゃない。もちろん、メイクもだ。
「思い出した。美術部と演劇部の部長もこのクラスだ」
 嵐がこっそりつぶやく。三人は思わず深くうなずいた。なるほど、と。

 宝塚仕様、とはいっても、さすがにあの派手さは無理のようで、時折ミュージカルっぽく歌を取り入れながらのストーリー展開になっており、その歌を聞くと声が野太い男子生徒だと分かり、その度に笑いが起きる。そのギャップも狙いに違いない。しかし、出来過ぎ集団にとってはキャストのインパクトの方で圧倒されまくりだった。
 美しく無邪気なマリー・アントワネットは元バスケ部のシューター岡崎、オスカルが最終的に愛することになるアンドレがバスケ部元部長徳本、オスカルに想いを寄せるロザリーが元剣道部先鋒若園、更に極めつけはアントワネットを虜にしてフランス中を揺るがせることになる美男子貴族フェルゼンが、元剣道部主将近藤と来たものだ。彼らにとってかなり身近な人たちが主要キャストを務めているだけで、もう興味津々である。
「近藤さんがフェルゼンか。並の男より背は高いし、整った顔だよな、あの人も」
「つーか・・・・・・近藤さんって・・・・・・こう見ると美男子なんだって確信するよ」
「性格とのギャップが激しすぎる・・・・・・」
 残念ながら男装の麗人オスカル・フランソワは、瀬川という元演劇部部長で、四人にとってはあまり面識のない細面の生徒だったが、この演技が絶品だった。観客全員、彼は本当に男装をしている美女なのではないかと思わされるほどだった。
 ストーリーは色々省略してあるのだが、アントワネットとフェルゼンの恋から破滅していく王家とフランス革命が起こるまでの過程が分かりやすくつながっており、なかなかよくできたステージだった。中でも斗音が驚いたのは、あの瓜生が出演していたことだ。それほど目立つ役ではなかったが、オスカルに惚れ、その最期を看取るアランという青年の役である。
(あの人がクラスの企画にちゃんと参加するなんて・・・・・・しかも割と上手いし)
 若さゆえ、オスカルに横柄な態度を見せ、無鉄砲なことをし、それでもオスカルの素晴らしさを認め、最後には惚れ込むというところが、瓜生の性格にも合っていると思った。
 ステージの素晴らしさは前評判を裏切らないものだったが、観客の度肝を度々抜いてくれたのが、いわゆるラブシーンであった。抱き合うだけならまだしも。
「あれ、ほんとにキスしてるよね・・・・・・?」
 ひく、と唇の端を引きつらせた瞬だったが、アントワネットとフェルゼン、オスカルとアンドレ、オスカルとアラン、三度にわたって男子生徒同士(には見えなかったが)の勢いに任せたキスシーンは会場中がこれでもかというほど湧き上がった。
 もちろん、そんな俗っぽいウケも交えつつ、シリアスなストーリーは結末まで目の離せないもので、最後、アントワネットがギロチンで斬首されるシーンで、ギロチンが落ちるとともに暗転し、最後のナレーションが静かに響き渡ったあとは盛大な拍手で体育館が割れんばかりだった。
「これは・・・・・・大トリにふさわしい劇だったな・・・・・・」
 思わず嵐さえも溜息をつく。斗音は知らず頭を抱えていた。
「無理だよ、このうちどれかを選ぶなんて・・・・・・」
 翔一郎がそんな斗音の背中を優しくたたく。
「さすがだなあ。俺たちも来年あんなのできるのかなあ。まあ、俺としては最後に見たインパクトもあるだろうけど、やっぱ今のベルばらがすごかったと思うぞ。凝り方が半端じゃなかったからな」
「そうだねえ。でも、工夫ってとこではリングも負けてないって」
「ベルばらはテーマもハマってるよな。何よりこれをラストにもって来た執行部に脱帽だ。でもあの殺陣の迫力では新撰組もいい線行くぜ」
 翔一郎の意見に三人がそれぞれ己の意見を戦わせ、斗音を更に悩ませる結果となった。が、そこで斗音ははっと顔を上げる。
「ヤバイ、ぼっとしてる場合じゃなかった!ごめん、俺行くよ」
 大慌てで席を立つ斗音を追いかけるように、校内に莉紗の声で一斉放送が流れ始めた。

「ただいまより二十分後に閉会式を行います。開会式同様、体育館にクラスごとに着席して閉会式を迎えられるようにしてください。繰り返しお伝えします・・・・・・」

 如月祭三日間のうち二日間にわたる文化祭の部は、大成功と言ってよかった。閉会式では、校長からこれまでの如月祭文化の部の中でここまでレベルの高いのは初めてだと絶賛され、明日の体育祭も含めて大成功は間違いないだろうと太鼓判を押された。
 LOVE&PEACE+Pleasureのテーマの下、ユニセフへの寄付金が九万六千八百二十二円を記録した3-6の変装フリーマーケットは企画優良賞を獲得し、寄付金額は材料費を差し引いたために及ばず六万三千八百円だったにも関わらず、発想の素晴らしさと毎回違うストーリーで客を楽しませたとして、2-5のサスペンス喫茶が企画優秀賞を勝ち取った。嵐の労働も無駄ではなかったようである。ちなみに企画特別賞は賛否両論あったものの、恐ろしさのレベルが非常に高かったということで、2-2の世にも恐ろしい呪われた教室が受賞した。
 また、しのぎを削り合ったバンドのひとつ、陽炎というグループが、その演奏レベルの高さと見物客動員数が桁違いに多かったということで、今年から導入された有志特別賞を取った。部活での出し物は、部活部門賞として表彰されたが、優秀賞が演劇部の「悲劇の少女アンネ」、特別賞は二日間絶やさず楽しい放送で盛り上げたとして、放送部がゲットした。
 一番注目されたステージ発表部門の結果は、技能賞が3-2の超魔術、アイデア賞が2-3の「2年3組流名(?)場面集」、努力賞が2-1「如月祭かくし芸大会」だった。そして、実質三位となる優良賞を獲得したのが3-5「リング」、実質二位の優秀賞が3-1「新撰組」、大トリを務めた3-3男子クラスの「三年三組男で作る宝塚仕様 ベルサイユのばら」が、見事最優秀賞を勝ち取ったのだった。アンケート結果もちゃんと公表されたが、実はリングと新撰組は同率で、恐怖映画を扱ったリングと、自身が信じる心に殉じた新撰組ということで、テーマを考慮の上校長の特別枠1ポイントが追加された上での受賞だった。ベルサイユのばらもその二つと相当競ったのだが、やはり大トリでのあのインパクトは強く、頭ひとつ分抜け出したといった感だった。
「個人的には優秀賞で悔しかったんだけど」
で始まって笑いをとった生徒会長の言葉は、どこまでも如月祭を創り上げた全員に対するものだった。
「けど、男クラのベルサイユのばらを見て、これは負けたと思った。練習してるときは自分たちが一番だと思ってやってたけど、上には上がいるもんだって思い知らされた。でも、最優秀賞を取ったときの3-3の盛り上がり方がやっぱり半端じゃなくて、これまでどれだけ力を入れてきたのかがみんなに分かったと思う。それこそが、この文化祭の魅力だ。その外にも、目立たなかったかもしれないけど、賞は獲得しなくてもみんなで力を合わせて、欠くことのできない食糧を提供してくれた露店や喫茶、アイデア一杯の企画やステージ、散々笑わせてくれた出し物も、有志含めてたくさんあった。今年は有志も制限したけど、去年みたいな混乱はなかったし、何よりみんなが楽しむことのできる文化祭だったと思う。ほんとは全部の企画や発表に賞を出したいくらいだ。本当にお疲れ様、と言いたい。でもまだ最後、明日の体育祭がある。今度は全員で一致団結して本気で勝ち負け競って、盛り上がって楽しんで、そしてこの如月高校の歴史に史上最高の如月祭って刻み込んでやろうぜ。そして明日の閉会式で、本当にお疲れって言わせてくれ」
 今井の言葉には相変わらず丁寧さというものはないが、親しみを感じるタメ口の生徒会長の言葉は、大きな拍手を受けるにふさわしいものだった。
「校長先生も絶賛の出し物が目白押しで、それを創り上げるまでの皆さんの努力こそが、この文化の部の成果そのものだったと思います。それではこれをもちまして、如月祭文化祭の部の全ての行程を終了します」
 破天荒な今井に比べれば丁寧で礼儀正しい斗音の文化祭終了宣言が終わり、司会の弓削の指示によって、全員が文化祭の後片付けへと向かった。
「あーやられたー、畜生。男同士のラブシーンはむしろマイナスかと思ったんだけどなあ。あそこまで潔くやられると、もう何も言えねえよ」
 本当に悔しかったらしく、今井は生徒会室に戻ってもぼやいていた。弓削と武知が肩をすくめる。
「確かにインパクトは絶大だったけど、演技の方でもミュージカル形式って工夫点でも、やっぱベルばらは上行ってたと思うよ。あの豪華さもほとんど手作りだろ。それだけでも評価できる」
「男があれだけ綺麗になるとはなぁ。それに瀬川の演技力はやっぱ大したもんだぜ。それよりも企画賞で二年に負けた俺らだって、相当悔しかったぞ。まあ、テレビのパクり企画と、オリジナルアイデア企画の違いが大きく出たってことだったけど。変装も弓削のせいで俺らのチーム全員は残れなかったしなあ」
「す、すみません」
 思わず斗音がぺこりと頭を下げると、弓削はくすっと笑った。
「仕方ない。着ぐるみを見破るお前が鋭かったってことだ」
 体育祭のプログラムを再確認していた莉紗が、紙面から目も逸らさずにつぶやく。
「悔しかったって言葉は3-5にこそふさわしいと思うんだけど」
 その場にいた執行部メンバーは思わず絶句した。藤堂が何度もうなずく。
「本当なら同率二位でしたもんね。あの仕掛けはほんと怖かったし、派手さはなかったけど最優秀狙えましたよ」
 その言葉に、莉紗は小さく溜息をついて、諦めたように笑った。
「さすがにあの男クラの団結力には敵わなかったな。あれだけのドレス、軍服、そろえるのがどれだけ大変だったかくらい、私にだって解るわ。新撰組の立ち回りだって迫力あったし、評価は間違ってないと思う。いいのよ、今回のレベルがいかに高かったかってことだから。ありがとね、藤堂くん」
 微笑みかけられた藤堂は、爽やかな笑顔を閃かせた。
「いいえ、恐怖物を扱った同士ということで」
 微妙に莉紗の笑顔が引きつる。
「・・・・・・そんなとこで同士にされたくないけど」
「はい?」
「ううん、何でもないわ」
 笑ってごまかした莉紗だったが、藤堂以外のメンバーは笑いを堪えるのに必死だった。武知はニヤニヤするのを止められないまま藤堂を冷やかした。
「何だ、藤堂、お前伊佐治に惚れてんの?」
「ななっ、何言ってんスか!」
 莉紗がくるりと藤堂を正面から見る。
「え、そうなの?藤堂くん」
 藤堂が慌てふためく。
「い、伊佐治先輩までっ!そそそ、そんな命知らずなことっ!」
「え?別に命なんて関係ないだろ」
 涼やかな声で弓削がとぼける。
「いくら今井だって、横恋慕くらいで命取ったりしないよな」
 話を振られた今井は、さあ?と両手を挙げて見せた。
「莉紗次第だろ?」
「だから、何言ってんすか、会長っ!」
 どっとメンバーが笑い出す。その中で一緒に笑いながら、一瞬莉紗の瞳が翳ったのを、斗音は見た気がした。

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