« 二十七.三週間 | トップページ | 二十九.如月祭 そのニ »

二十八.如月祭

「わたくし、現在富山県、立山連峰の上空に来ておりま~す!北アルプスの一角に当たるんですが、見てください!一面に、素晴らしい紅葉が見られます!今年は九月半ばからもう朝晩の冷え込みがはっきりしてきたためか、山頂では例年より早い紅葉が、こうして見られるわけです。当分は日本全国、いいお天気が続くということで、この紅葉、しばらくは楽しめそうです。スタジオの松山さ~ん、どうですか、この景色」
 ぷつっとテレビの映像が途切れ、三神はスタジオの松山さんのコメントを聴きそびれた。天気予報を見るため、出掛ける前にテレビをつけていた斗音である。目的を終えたので、リモコンで電源を切ったのだ。
「よかったですね。しばらくは晴れということですから」
「・・・・・・うん。せっかく頑張ってきたんだから、どうせなら、いい天気の方がいい」
 自分の声に気力が感じられない。一体いつからだろう。こんなに何をするにも気だるくなってしまったのは。三神が心配そうに鋭い印象の目を細める。
「あまり体調がすぐれないようですね。相変わらず食事も進まないし、一度医者に診てもらった方がいいのではありませんか?」
「大丈夫だよ。それに今日から三日間、如月祭なんだから、休んでる暇なんてないよ」
 時間はまだ六時半だ。初日の今日、執行部員は七時に登校して、全ての準備を整えることになっている。学校に行きさえすれば、だるいだの身体が重いだのと言っている暇はなくなる。だから、億劫でも行けば身体は勝手に動くのだ。ソファから身体を起こすと、三神がすっと歩み寄ってきて、自然な仕草で斗音の華奢な腰に手を添えるようにした。
「斗音さん、送ります。少しでも身体を休めた方が・・・・・・」
「いいよ、いつも通りで。電車だって、この時間なら余裕で座れるし。それじゃ、行ってきます」
「・・・・・・無理をなさらずに。お気をつけて」
 三神の添えられた手を置き去りにするようにして、斗音は家を出た。それでもいつもと違う空気に、少しだけ胸が高揚する。昨夜は久しぶりに慈恩と長い時間電話で話した。慈恩がこの家を去ってから、まだ忙しくて一度も顔を合わせていなかった。時折メールや電話で連絡は取り合っているけれど、寂しい思いが強かった。ようやくそれに慣れてきたのだが、如月祭の準備を共にしてきたことを思うと、一緒にこの日を迎えたかったという思いが込み上げてきて、電話口で泣きそうになる自分を必死に抑えていた。そんな自分に、慈恩は気づいていたのかもしれない。最後に、こう言った。
『俺の分まで、最後まで仕事してくれてありがとな。執行部の人たちにも、そう伝えてくれ。それから・・・・・・見られない俺の分までしっかり見て、仕事して、楽しんで、今度ゆっくり会ったときに全部話してくれよ。・・・・・・楽しみにしてるから』
「・・・・・・任せてよ。嫌ってくらい聞かせてやるから」
 電話の向こう側に向かって言った言葉を、そっとつぶやく。その使命感だけで、きっと頑張れる。
 駅までたどり着くと、いつも通り定期を押し付けて改札をパスし、ゆっくり階段を下りる。早いだけあって、まだ空いている。座席も十分に空いており、立っている人は誰もいない。斗音もゆっくりもたれかかるように、その空席のひとつを埋めた。ほっと吐息する。疲れている、と思った。少し眠い。降りる駅は四つ先。そっと目を閉じる。
 最近は眠ることに恐怖がつきまとっていた。
『あなたを・・・・・・愛しています』
 その言葉を耳にしたのは、二週間ほど前だったか。あの時はその言葉に縋りたいという気持ちさえあった。でも、それからだっただろうか。三神が自分にスキンシップを図るようになった。最初はそれほど気にもならなかったのだ。肩を抱かれたり、支えるように背に手を添えられたりという程度だった。気遣ってくれているのだと思った。その指に、吸い付くような違和感を感じるまでは。
 一週間ほど前だっただろうか。いつも通り、寝る前に三神は検温にやってきたのだが、斗音は翌日のテストのために勉強しながら、いつの間にか机の上で伏せて眠ってしまっていた。優しく揺するように起こされたのだが、意識が朦朧としている状態で、立ち上がってもふらふらしていたので、三神は軽々と自分の身体を抱き上げて、ベッドまで運んでくれた。そこまではよかったのだ。でも。
 ベッドに横になった斗音は、意識が離れていくままに目を伏せた。強引なまでに、たちまち深遠に引きずられていく意識が、ふと戻ったのは、身体をしつこいくらい這い回るものを感じたからだ。
(・・・・・・何・・・・・・?)
 起き上がろうとしたら、起き上がることもできなかった。まぶしい照明に目を細めながらゆっくり視界を開くと、自分の上に圧し掛かるようにして三神が大きな手で、大きくはだけた胸をなぞっていた。感触を味わうように緩やかに押し付けられるその指に、斗音はぞくりとした。そして、彼が自分に何を求めているのだろう、と考えれば考えるほど、背筋が凍るような思いになった。
 自分が過労で倒れた次の朝、三神があの日にしようとしたことはなんだった?熱いキス、そして、肌をなぞっていく指、唇。あのまま身を任せていたりしたら、と思うとぞっとする。そして彼は、その続きができるチャンスを常にうかがっているのではないかとうっすら思った。結局その時は、斗音に意識が戻ったことに気づいた三神が、まるで医者が心音を聴いていたかのように自然な動作で離れ、そのまま検温を始めたので、それ以上何かされることはなかったのだが、その時から、眠ることが怖くなった。
(心音を確認するなんて技術、三神はもってないはずだ。絶対あれは尋常じゃない)
 ベストの上からネクタイごと握り締めるのは、確かにそこにある十字架。それに触れると、少し安心する。確かにここに、母の思いと、託されたその思いを受け継いだ慈恩の思いがあると、信じられた。
 無事何とか意識を保ったまま、いつも降りる駅の景色を迎えることができた斗音は、更に徒歩で学校に向かう。そこからはさほど離れていない。身体は相変わらずだるいが、ナイキのシューズで一歩一歩踏みしめるようにアスファルトを進む。
「よ、斗音。今の電車で来たのか」
 ポン、と肩をたたかれて振り返ると、爽やかな笑みを浮かべた如月高校生徒会長と目が合った。

「丁度よかった、一緒に行こう」
 
今井も最近は夏服にベスト、といったいでたちである。薄いニットのベストは、桜花高校でいうカーディガン的役割を、如月高校で果たしているものだ。V字に開いたところから紺色のネクタイがのぞいている。青みがかったグレーのそれは、紺色のネクタイともよく合う。如月の場合は冬になると漆黒に合わせがグレーのラインになっている学生服であるが、夏と秋口にかけての制服はブレザーのそれっぽい。
「遂に来たな。ここまで。最高の如月祭を創ってやる。そして俺たちの代の執行部を、如月高校の歴史に刻んでやる」
 意気込む今井は、やっぱり頼もしかった。斗音は通り抜けた微風のような微笑みを浮かべた。
「な?」
 同意を求めてきた今井と視線が重なる。今井の表情が瞬間的に固まったような気がした。でもすぐに、にっと笑みを見せる。
「写真、いっぱい撮ろうぜ。俺デジカメ持ってきたんだ。CDに焼いて、慈恩に見せてやろうと思って」
 かなり薄型のデジカメをポケットから取り出す。目の前で構えたと思ったら、ピッ、と音がした。
「椎名斗音のアップゲット。見せてやろうか」
 悪戯っぽい口調のくせに、瞳は真剣だ。目をぱちくりさせている斗音に、液晶画面を向けた。思わずのぞき込むと、ひどく顔色が悪い、今にも消え失せそうな翳りのある笑みを載せた自分が、そこにいた。いつも鏡では見ているつもりだったが、そんなに不健康そうな顔を周りに晒しているとは思わなかった。
「や、やだな、消してくださいよ」
 カメラに手を伸ばすと、ひらりとかわされた。
「今井さん、からかわないでください」
 更に追う手首をつかまれた。びっくりして見上げた先に、笑みを消した今井の真面目な表情があった。
「びっくりしたろ。自分の顔色がどれだけ優れないか、もうそろそろ自覚した方がいいと思ってな。慈恩は今のお前のこと、ちゃんと知ってるのか?」
 自分の表情が固まるのが分かった。知らせるわけにはいかない。眠ることもままならず、疲れを溜め込んでいる、こんな病的な自分の姿を見せたりしたら、慈恩が心配する。
 今井は少し、目を細めた。
「この写真も、慈恩に見せよう。お前がどれだけ衰弱してるか、知らずに後悔するのはあいつだろ?」
 ぎょっとしたのは斗音だ。激しく首を振る。
「やめてください!慈恩だって、今一番大変なときなんです!俺がまたあいつに負担を掛けるのは嫌です!」
 つかまれた手を更に伸ばそうとして、引き寄せられ、カメラを持った方の腕で抱き締められた。
「・・・・・・だったら・・・・・・もうちょっと身体に気を遣えよ。お前今、どんな生活してんだ。何でそんな、日に日に弱っていくんだ!」
「・・・・・・っ」
 振りほどこうとしたのに、力一杯やっているつもりなのに、今井の腕はほどけなかった。
(・・・・・・そ・・・・・・んな・・・・・・)
 愕然とする。今井がそんな斗音を閉じ込めた腕の力を緩めた。
「・・・・・・気づいたか?どれだけ今お前が弱ってるか。・・・・・・いいな、この三日、絶対に無茶はするな。当日の仕事なんて、大概俺に任せてくれればいい。これ、お前に預けるから」
 薄っぺらな手の平サイズのカメラを白い手に握らせる。
「慈恩に見せてやりたい写真、たくさん撮っとけ。それがお前の仕事だ」
 呆然と斗音が見上げると、生徒会長命令を突きつけた男は、少し寂しそうに笑った。
「あいつに会うまでにその顔色、どうにかしないとな。そう思えば、少しは自分をいたわれるか?」
「・・・・・・・・・・・・あ・・・・・・はい・・・」
 今井の腕がほどけた。その腕で優しく背を押し出してくれる。
「きついこと言ってごめんな。さあ、行こう」

 歩き出すのに必要だった踏みしめる力が、少しだけ弱くて済んだ。

   ***

 全校生徒が集まった体育館の照明は、既に落とされている。その全ての視線が真っ暗間ステージに注目した。遂に如月祭の開幕である。そしてそれを飾るのは、執行部による寸劇。
「武知、位置についたぞ。莉紗、藤堂、いつでも行けるようにしとけよ」
「オッケーよ」
「行けます」
 舞台の袖で小声の会話がいくつか交わされた。
「よし、時間だ。いくぞ!」
 外に漏れないように小さな赤いペンライトが振られる。それが合図だった。強烈な光が舞台の左に集中して、その場所のみを照らし出す。いきなり会場が笑いに包まれる。
「我はタケーチ魔人!闇から生まれた我を動かすは憎悪の執念!この世は憎悪と悪意に満ちている!よって我はそれを煽り、この表の世界の新創造主となりうるパワーを、今こそゲットするのだ!」
 黒いマントに黒光りするウインドブレーカーを着用し、その中はこれでもかというくらい着込んで、ものすごく着膨れした武知である。頭には黒く塗ったヘルメットにバッファローをイメージした角を取り付け、もとは赤かった節分の鬼の面を黒く塗って装着している。それが腰に手を当てて、全校生徒を指差し、豪快に笑う姿はなかなか様になっているのだが、最初の一言でそれが誰なのか分かるネーミングを発表したから、更に笑いを誘った。
「ウケてますね」
「予定通りだ。よし、莉紗、藤堂!」
 二人の格好は、普通に如月高校の制服だ。まず藤堂がごろごろごろごろ、と袖から転がり出た。スポットライトがそれを照らし出す。そして、更に莉紗がそれを追いかけた。
「うわぁ、先輩、もう勘弁してくださいよぉ~!」
「うっさいわね!ほら、早く仕事しなさいよ!私は今日デートなのよっ!」
 転がる藤堂に蹴りを入れる。更に会場が沸いた。
「い、今井さんとですかっ?」
 藤堂のセリフにヒューヒューと野次が飛ぶ。今ではすっかり公認の二人だ。
「だから何よっ!仕事早く終わんなきゃ帰れないじゃない!ほらほらほらほら!」
「今井さぁん、こんな怖い人のどこがいいんですかぁ~」
「何をぅっ!もう一回言ってみなさいっ!この役立たず!」
 げしげしと莉紗に足蹴にされる藤堂を見ながら、タケーチ魔人が唸る。
「うーむ、何と哀れな。地球人の女というのは誠に恐ろしい」
 そこで、やはり制服姿の今井が右袖から登場する。人気者の今井に野次と声援が同時に飛んだ。それに左手をひらひらさせて答えながら、扉を開く仕草をする。
「莉紗ー、仕事終わったかぁ?」
 今まで蹴りを入れていた莉紗が、くるぅりと向きを変えて、可愛らしく身体を曲げる。
「あ、今終わったところ。最後藤堂くんが閉めてってくれるから、先帰っていいって」
「え、そうなの?悪いね、藤堂。じゃ。ガラガラ、ピシャ」
 ご丁寧にドアの音まで入れて、今井と莉紗が仲よく右袖に帰ってくる。取り残された藤堂は悔しそうに、拳で床をたたきつける。
「もう、何でいつも俺ばっかり・・・・・・っ!」
 タケーチ魔人がぐふふ、と笑った。

「そうだそうだ、憎め!憎むのだ!」
 
ところが藤堂はがっくりと肩を落とした。
「はぁぁ、でも今日は蹴りで済んだし、早いとこやってうちかーえろ」
 タケーチ魔人がこける。一見怖そうな怪物のユニークな仕草が、また会場から笑いを引き出した。
「あほかー!憎めゆーとるだろがー!」
 いきなり関西弁でツッコミを入れる怪人に、更に笑いが重なる。
「もう、見ておれん!」
 足音荒く、タケーチ魔人はとぼとぼ右袖に近づく藤堂に襲い掛かった。
「うわぁっ!」
「お前にばかり仕事を押し付けるあの連中を憎むのだー!」
「えええっ!そんなことしたら殺されるっ!」
「そんなだから押し付けられるんじゃー!」
 タケーチ魔人に蹴りを入れられ、藤堂がすっ飛ぶ。
「つーか、俺よりあっちの方が怖いんかいっ!」
 突っ込まれるわ蹴られるわで散々の藤堂は、タケーチ魔人を改めて見て、目を見開く。
「えええっ?あぁ、よく見たら、あなたはっ!」
「ん?」
「誰ですか?」
 言った途端「いちいち反応がおかしいんじゃ、ボケー」という言葉と共に、また蹴られた。
「ご、ごめんなさいっ!」
 どこまでも情けない藤堂に、タケーチ魔人は業を煮やして片手で首をつかむ。

「この軟弱者め!いいから貴様は私のエネルギーを生み出す道具となるのだ!」
 
そして強引に黒塗りのお面をかぶせられる。
「わあああああああああああああっ!」
 藤堂の絶叫と共に、ステージは暗転した。
 再びステージの右袖に明かりが点く。今井が莉紗の肩に手を掛けながら、意気揚々と歩いている。
「ねえ、何か食べていかない?」
「そろそろ寒いからなあ。あったかいものでも食うか」
「あ、おいしいジェラートの店、行きたいなぁ」
「・・・・・・ジェラート?・・・・・・あ、ああ。いいけど」
 原作は今井だが、どうもあちこちに笑いネタを仕組んでいるようだ。Pleasureを意識しているというより、結構お笑いが好きなのではないだろうか、と斗音は思った。そんな今井たちの前に、黒い影が躍り出る。冬服に面をつけた藤堂だ。上を羽織っただけだから、下は夏用のパンツだが、そんなのは客席からは見えない。
「あはははは、見つけたぞ、先輩たち!よくも俺に仕事を押し付けましたね!」
「だから何で敬語だよ!」
 その後ろに距離を置いて控えていたタケーチ魔人がツッコミを入れる。が、そんなのお構いなしの藤堂は力ずくで莉紗の腕を引っ張り、ヘッドロックをかけた。
「きゃあっ!」
「莉紗に何をする!」
「俺を足蹴にした罰さ!今度は俺が蹴り入れてやる!そしてあんたもデートは台無しだ。ざまぁみろ。あはははは!」
「きゃああ、文弥くん、助けてっ!」
「莉紗ーっ!」
 駆け寄ろうとする今井を、タケーチ魔人が遮った。
「ふっふっふ。邪魔はさせん。あいつは既に我が虜。これまでの憎悪を更に増幅させ、あの女をいたぶるであろう。貴様もあいつを憎むがいい。ふふ、ふはははは!」
「てっめぇ・・・・・・」
 ギリギリと歯軋りをしてみせる。そして、あちこちをきょろきょろと見回してから、タケーチ魔人を睨みつけた。
「こうなったら、奥の手だ!ちょっと待ってろ!」
 舞台右袖近くまで走り寄り、今井はベストで隠していたおもちゃのライダーベルトをおもむろに見せる。誰かの弟の友達の弟くらいから借りたという。子供用だがスリムな今井は肥満の子供よりはウエストが細かったらしい。

「へーん、しんっ!」
 それらしくポーズをとってジャンプした瞬間スポットが消え、次の瞬間にスポットが当たったときは既に控えていた仮面ライダースーツと仮面ライダーのお面を着用済みの弓削が構えて立っていた。その瞬間芸に、会場からオオッとどよめきが起こる。弓削はそのまま走って藤堂に蹴りを入れ、藤堂はあっという間に倒れ伏し、こそっと面を外す。
「あ、藤堂くんが戻った。って、文弥くんいないしっ!」
 莉紗がツッコミを入れている間に弓削は左袖に隠してあったパーツで飾り付けされている自転車に乗って再び登場する。会場中が爆笑に巻き込まれた。しかも弓削が丁寧にチリンチリン、とベルを鳴らすから、尚おかしい。
「何と、おぬし、仮面如月ライダーであったか!厄介な奴に手を出してしまった」
 ぼやくタケーチ魔人とチャリライダーがステージ上で戦いを繰り広げる。弓削の洗練された動きと武知の鍛えられた身体との戦いは、なかなかに見ものである。弓削は自転車を上手に操りながら、武知に襲い掛かっている。そして、自転車ごとぶつかってタケーチ魔人を倒しておき、
「お、おのれっ」
と、ふらふら立ち上がったところを、見事ライダーキックでふっとばした。ハイジャンプの得意な弓削らしく、そのジャンプキックの高さに会場は拍手喝采を送った。遂にタケーチ魔人が倒れる。
「我を生み出しし・・・・・・闇の支配者魔王シーナに栄光あれ・・・・・・」
「斗音、頼んだ」
「行ってきます」
 舞台の左を中心に戦いを繰り広げていた仮面ライダーたちに気をとられていた生徒たちの中に、右袖から出てきた人物に気づくものがパラパラと出てくる。女の子の黄色い歓声がいくつか上がった。そんな中、斗音にスポットが当たる。歓声が膨れ上がる。それを掻き消すように、斗音は自分をくるむようにしていた漆黒のマントをばさりと開いた。中に着ているのは全身黒ずくめだが、武知と違って魔道士というキャラクターが身にまといそうなローブだ。実は古くなった暗幕だが、客席から見ると立派な衣装だ。
「タケーチ魔人・・・・・・憎しみを増大させ、表の世界を闇に引きずり込む役割は、やや荷が重かったでしょうか・・・・・・」
 以前今井が構想を練ったとき、斗音の役割は敵の総大将だったのだが、結局それをやる羽目になった。武知との好対照がインパクトになる、と言うのが今井の理由だったが。
「まあいいでしょう。あの仮面如月ライダーとやら、生かしておけば邪魔になるやもしれません。私が始末しておくとしましょう」
 溜息をつきながら、すっと弓削ライダーに向けて手を伸ばす。ローブから対照的な白い腕が現れて、ぐっと手の平を握る。その瞬間手にしていたおもちゃのレーザーのスイッチを入れる。斗音の手からすっと赤い光が伸びて、弓削ライダーの身体を射る。弓削ライダーは、「うっ」とかもっともらしいうめき声を上げてばたりと倒れた。再び舞台は暗転し、莉紗の悲鳴が響く。
「ふ・・・・・・文弥くん・・・・・・?どうして、どうして文弥くんが倒れてるのよーっ!」
「せ、先輩、お、俺は?」
「あ、そういえばいたわね、藤堂くん。あんたよくも私にヘッドロックかましたわね」
 げしっ。音だけが響いて、生徒たちの笑い声が体育館に満ちた。
 再びスポットを浴びたのは、暗転の間に全て撤収した仲間の代わりにステージ中央に立った今井だった。
「強い・・・・・・あれが闇の支配者、魔王シーナ・・・・・・。でも、なんて悲しそうな・・・・・・」
 情感たっぷりの今井のセリフに、会場の一同は聞き入った。
「あんな悲しい顔をする者がこの世にいて、平和と言えるだろうか。あの悲しみは一体どこから・・・・・・!」
 そこで、右袖にスポットが当たる。再び斗音が腕を組んで登場である。くすくすと笑って見せた。
「私が悲しそう?笑止な。まさか、こんな人間があの超人になっていたとは思いませんでしたが・・・・・・思ったより丈夫なようですね」
「あ、実は別人・・・・・・じゃなくって!」
 何気なく暴露して客席を笑わせておいてから、今井が斗音を振り返って、ぎょっとする。
「お前は・・・・・・魔王シーナ!」
「いかにも。たかが人の分際で、この世にうごめく憎しみの心をなくせると思っているのですか?この世には人の生み出す憎悪の心が満ちている。己のことばかりを考え、相手を蔑み、見下し、各地で争いを起こし、戦いをし、人を傷つけ、殺し合う。故に闇は生まれ、その闇に望まれて私が存在するのです。憎しみに飲み込まれた方がいっそ幸せな人間たちよ。私が望まれるような世である限り、私は人の憎悪を煽り続け、私の世界の拡大を図るでしょう。ほら御覧なさい、この世界の現状を」
 斗音がふわりと後ろを向くと、つい最近起きたテロ事件や殺人事件、戦闘を繰り広げる各国の映像が映し出された。今井が、うっ、とあとずさる。
「さあ、それでもこの私を倒せると思いますか?」
 今井が斗音を睨みつけて、それから会場に手を差し伸べる。
「俺たちの世界は、憎しみや憎悪だけじゃないはずだ!さあみんな、この憎しみが生み出した悲しい闇の支配者に、愛と平和を教えてやろう。今年の如月祭のテーマだ!せーのっ」
 突然の振りにもかかわらず、如月の生徒たちはノリノリで叫んだ。
LOVE&PEACE+Pleasure!」
 彼らの声が起こると同時にスクリーンの前に、すっかり着替え終わった武知と弓削を含め、控えていた執行部のメンバーが横断幕を広げる。弓削の担当した横断幕だったが、デザインは全校から募集し、美術部員が仕上げたものだった。そして一斉にステージ上の照明が全て点き、大きすぎるためなかなかつかない体育館の照明も徐々につき始めた。
「そんな・・・・・・何故こんなにまぶしい世界が・・・・・・!」
 うずくまる斗音を今井が包み込むようにする。女の子たちの歓声を聞きながら、今井は抱き締めるふりをして、肩でマントを固定していた大きな安全ピンを素早く取り外し、斗音はその下に隠れながら簡単に縛っただけのローブをほどいて、下に着ていた如月の制服に素早く変わる。
「人を大事に思う気持ちが、愛ってやつで、その愛があればきっと平和が訪れる。さあ、今日から三日間、みんなでそれを創り出そうぜっ!」
 斗音の手を引いて今井が勢いよく立ち上がる。斗音の衣装が下におちて、如月の制服になって現れたのに大きな拍手が起きる。
「第七十三回、如月祭LOVE&PEACE+Pleasure、ここに開催を宣言します!」

 今井の堂々とした開催宣言に、もう一度、盛大な拍手が沸き起こった。

「斗音、開会宣言ばっちり写真撮っといたから!今井さんとのラブシーンも!」
 出来過ぎ集団と歩きながら、瞬の楽しそうな様子に、斗音は苦笑した。
「マント取ってもらってたんだよ」
「でも、あれって一応『愛』の表現だったんだろ?」
「思いやりだってば」
「あの流れ考えたのって、今井さん?」
「そうだよ」
「ああ、やっぱり」
 妙に納得した感のある言い方に、斗音は首を傾ける。
「何がやっぱりなんだよ、嵐」
「いや、何となくね」
 含み笑いだけで、結局校内一の美貌の持ち主はそれを流してしまった。
「これからどうする?」

「さっき1-2の生活用品オーケストラ、チラッと見たけど、なかなか面白かったよな。けど、大道芸の方も前評判高いし、写真撮りに行こうぜ」
 
慈恩に写真を見せてやりたい、と思っていたのは今井や斗音だけではなかった。みんなして今日はデジカメやインスタントカメラ持参である。今日ばかりはカメラが許可されているのだ。カメラつき携帯も今日だけはOKだ。どうしても時間がかぶってしまう有志発表や常時開店の店舗などを担当する生徒たちが、友達同士で別々のところに行って情報を送り合ったりすることで、客の取り合いや他の発表の妨害などをさせないようにするという、今井の提案である。有志の制限といい、今年は去年のような後味の悪い思いをさせたくないという執行部の強い思いがある。ただし、如月の生徒の一員として、マナーモード以外では使わないとか、メールなどを送って迷惑を掛ける相手には、決して送らないという約束があった。ちょっとでも電子音を察知すれば、クラスの取り組みから減点になるし、例えば、慈恩のように他の学校にいる生徒に送れば、授業の邪魔になったり、相手の学校に迷惑を掛けたりすることになるので、それが分かれば停学だ。そんな危険を冒してまで迷惑を掛けるような生徒は、如月では少ないと見た厳しい罰則であった。もともと出来過ぎ集団は、ひたすら写真を撮って、慈恩に会いに行く気満々である。
 上手に時間を駆使しながら出来過ぎ集団はなるべくいろいろな出し物を見に回った。時々嵐が2-5のサスペンス喫茶の演技要員として抜けていったが、そのうち一回に彼らは訪れ、そこでエッグサラダバンズとコーヒー、瞬だけは紅茶の軽食をとり、瞬が犯人役の嵐に人質にとられ、事件が解決するまで見ていく羽目になった。結局だまされて財産を奪われた両親の敵を討つため、悪徳不動産に乗り込んで強盗を働き、追いつめられたためこの喫茶店に逃げ込んで人質を盾にとって、自分の逃げ道を確保しようとしたはずの犯人は、実は悪徳不動産の人間たちをおびき出すため囮となった刑事の一員で、駆けつけてきた刑事たちと悪徳業者を一掃し、瞬とその連れの二人には迷惑を掛けてごめんなさい、というお詫びのしるしに、デザートがサービスされた。
「嵐、わざと俺を狙ったでしょ?デザートくれるために」
 こそっと囁いた瞬に、嵐はにやっと笑っただけでミニパフェを置いていった。中にコーンフレークとバニラアイスを重ね、縦に八つ切りにしたオレンジをグラスに挟み、生クリームを絞っただけの簡単なパフェだったが、周りの羨望の視線を浴び、すごくおいしく感じたのだった。が。
「斗音、ほんとに大丈夫?さっき露店で買ったたこ焼も結局一個しか食べてないし、ハンバーガーだって一口二口じゃん。上手に周りに食べさせてるけど、自分はほとんど食べてないんじゃない?」
 瞬に指摘されて、斗音は笑みが固まりそうになるのを堪えた。
「前もちょっと言っただろ。家政婦さんが来てから、朝食がすごく豪華だから、昼になってもなかなかおなか空かないんだって」
 最近の昼食だって、あまり食べられずにいた。この口実で、一体何度逃げただろう。でも、瞬はそんな斗音の薄茶の目を、大きな瞳でじっとのぞき込んだ。
「でも、ちょっと痩せたよ、斗音。最近元気ないし」
 翔一郎もうんうん、と頷く。
「夏休みくらいからだよな。慈恩が転校してったことがその原因なのは分かるんだけどさ。このパフェだって、きっと少しでも食えって、嵐のメッセージだと思うよ」
「まさか・・・・・・」

 斗音は苦笑したが、その笑みが自分の顔に張り付いているだけのものだということは、よく分かっていた。結局ミニパフェすら完食できず、翔一郎にひとつ半食べさせることになってしまった。

 食事を済ませ、出来過ぎ集団はなるべくいろいろなものを見て歩きながら、存分に如月祭初日を満喫していた。
「フレンドパーク、あれよく作ってあったよな。ちょっとしたゲーセン感覚で楽しめた」
「翔はフリスビーのやつ、十秒ちょっとで三つとも入っちゃったもんね」
「瞬だって、斗音と組んで曲当てのやつ、満点だっただろ」
「だって、いきなり言われた曲名でも、斗音がほとんど正確に弾いてくれるんだもん。あれは誰でも分かるよ」
「そりゃそうだけど、それでも瞬だってなかなかのもんだったぞ」
 翔一郎が言っているのは、ペアの一人が箱の中に用意された紙を引いて、そこに書いてあった曲を楽譜なしでいきなり用意されていたキーボードで弾き、相方がその曲名を当てるというもので、ピアノがバリバリ弾ける斗音は楽譜なしでもある程度主旋律は間違わずに弾けたし、音感には割と自信を持っている瞬も、間違えはするものの、曲が何となく分かるくらいには弾けたので、それを斗音が当てることは比較的容易だった。
「でもさ、いきなり春の海、とか言われたって、普通弾けないって」
「ああ、あの正月によくかかってるやつな。あれ、琴だろ、だって」
「でも、瞬、それなりに分かるように弾いてたよ。俺分かったもん」
「・・・・・・ああ、それは斗音だったからだと思うけどな」
 ボソッと言った嵐に、瞬が可愛らしい顔でふくれる。
「そうだよね。あーよかった、俺嵐と組まなくて」
「あ、瞬、それは傷つくなあ」
 笑いながら言う嵐に、更に瞬がふくれっつらになる。翔一郎が苦笑した。
「まあまあ。ゲームの選択がよかったってことじゃん。俺と嵐がミニバスケのシュートのやつと、フリスビーのやつと、ウォールクラッシュみたいなやつだろ?で、瞬と斗音がその曲当てのやつと、俺らもやったシュートのやつと、相方の投げるお手玉を背中のかごで拾うやつ。全部ダーツの矢がもらえたわけだし」
 ちなみにウォールクラッシュみたいなのとは、某番組でやっているゲームのように、やや助走をつけてトランポリンでジャンプし、あとは垂直跳びの要領で手につけた粉をボードにつけ、点数を競うものである。ジャンプ力に関して言えば、翔一郎も嵐も他を抜きん出ている。二人とも一回でゲームクリアの高さまで到達してしまい、ダーツの矢を二本ゲットした。ちなみに、各ゲームのポイントが目標をクリアするとダーツの矢が一本ずつもらえ、最後に大きな回転ルーレットに挑戦することになる。景品としては高校生らしく、シャープペンシルと消しゴムのセットだとか、ノートだとか、学食の一食ただ券だとか、如月祭の露店(3-6)の一品ただ券だとか、大聖堂喫茶(1-3)の一品ただ券とか、フレンドパーク内のゲーム再チャレンジの権利(ペアで3ゲームチャレンジするのだが、一度挑戦するのに一人三百円取られる)だとか、お決まりのたわしもちゃんとある。初日しかやっていないということもあって、結構人気になっていた。
「一年生にしてはよく考えてあったよね」
 シャーペンと消しゴムをゲットした瞬はそれなりにゴキゲンだった。斗音はそのシュート力を期待されて二本矢を投げたのだが、ノートと露店のただ券をゲットした。翔一郎と嵐はウォールクラッシュもどきで二本の矢をゲットしたので、一人二本ずつ投げ、それぞれノートとたわし、大聖堂喫茶のただ券とたわしを当てた。
「ルーレットのたわしの面積、やたら広かったけどな」
 翔一郎が肩をすくめ、嵐がふっと笑う。出来過ぎ集団は、まさか嵐がたわしをゲットするとは思っていなかったので、かなり笑った。斗音がおかしそうに笑うのを見て、嵐は少しほっとしたのだ。食欲がないのははっきり表に出ているけれど、それ以外にもかなり精神的に参っているように思われることがある。斗音自身は自覚していないようだが、ぼんやりしているようなことも多くなったし、顔色は冴えないし、何より笑い方がひどく薄っぺらになった。愛想笑いのような笑みはいつも浮かべているけれど、すぐ消えてしまう。それを見ているしかできない自分に、ひどくもどかしさを感じていたりした。
 その後はフリーマーケットにも顔を出し、斗音の希望で弓削と武知を探したのだが。
「あのさあ、みんなすっごい凝った変装してるんだけど、反則がいるよな」
「ああ、あのグループな。ありゃ、反則だ」
 3-6の主催する変装フリーマーケットは、売っている側の変装を見破れば、粗品がもらえる。粗品は売り物の中から選べるらしいが、最後まで見破られないグループに賭けて勝つと、配当金の分だけ学食チケットがもらえる、という方にみんな興味が行っている。グループ名はいろいろあるようだが、ムツゴロウグループがダントツ人気だ。
「・・・・・・絶対見破られないって言ってたけど、確かにあれは見破りようがないよ・・・・・・」
 斗音が半分呆れたように、半分感心したようにつぶやいた。翔一郎が両手を小さく上げた。
「あの中にいることは間違いないんだけどな」
 彼らの目線の先にいるのは、着ぐるみのネコ、タヌキ、イヌ、リス、トラ、河童である
「いくらムツゴロウさんでも、河童は飼ってないと思うなあ」
 瞬の言葉に三人が思わず笑みをこぼす。
「あの中で弓削さんと武知さんを限定するのは、至難の業だな」
 嵐も腕を組んで、唸った。
「体型すらわかんないんだもん。強いて判断材料があるとしたら、癖とか仕草だろうけど、そんなの分かるの斗音くらいだし、それがバレないようにわざと可愛らしい振舞い方をしてるしね」
 その中のトラがこちらに気づいたらしく、ぴょんぴょん跳んで、可愛らしく手招きをした。
「おい、呼んでるぜ。斗音、行くって言ってあったんだろ?だから呼んでるんじゃねえか?」
「あ、てことは、あのトラ、武知さんか弓削さん?」
「有り得るけど・・・・・・だけど・・・・・・」
「可愛すぎるよな、あの『おいでおいで』」
「うん、どっちもやってるのが想像できない」
 思わず頭を抱えた斗音であった。
 グループの前まで行くと、可愛い動物たちが四人の手を取り、買って買ってと仕草で甘えて見せた。中に人間が入っているとは分かっていても、やはり可愛い。断り切れず、翔一郎は文庫小説を一冊、斗音はハンドタオルを一枚、嵐は結構値の張っていたビリヤードのキューを購入した。
「何それ。お前、使うの?」
 翔一郎に聞かれ、嵐は唇を曲げるようにして笑った。
「一人やってみたいって言ってた馬鹿がいたから、そいつにやろうと思って」
「え、人にやるために千五百円も出したの?」
「まあ、そうだな。ほら、俺はそれなりに稼いでるから。それにこれ、ユニセフに寄付すんだろ?」

 ごまかすように笑った嵐の意図を理解できたのは、安土の存在を知っている斗音だけだった。
 
動物の可愛らしさにも勝ってしまったのが、瞬だった。
「えー。でも俺が欲しいもの、特にないもん」
 可愛らしい動物たちに、困ったような顔を向けたら、動物たちの方がごめんなさい、とぺこりと頭を下げてしまった。瞬に甘えることに心苦しさを感じてしまったらしい。

 しかし、六匹の中から弓削と武知を見分けることはやはり難しかった。変装を見破るときは、ちゃんとその人物を限定して名前を呼ぶこと。更にそれは一人一回であること、と限定されているので、周りの客はみんなして、全体に向かって名前を呼んで反応を見ようとしているが、そんな作戦には慣れっこのぬいぐるみたち、一切引っかからない。みんなに愛らしい仕草で愛想を振りまくばかりである。
「こりゃちょっと分かんねえかな」
 嵐が諦めがちに吐息する。と、そのとき、ずっとしゃがんで他の品物を見ていた斗音が立ち上がろうとして、立ちくらみを起こした。ぐらりと傾いた華奢な身体は品物が並ぶ上に影を落とす。
「!」
 客の位置からでは、バランスを崩してしまうため支えられなかった。嵐と翔一郎がそれでも手を出そうとしたが、それより前に河童が品物を蹴り飛ばし、その身体の下に滑り込むような形で斗音を支えた。
「おい、あんた大丈夫か?」
 周りの客も騒ぐ中、斗音は顔をしかめ、軽く頭を振った。まだくらくらするらしい。そして、自分を支えてくれた河童を見上げる。
「すみません・・・・・・」
 言ってから、きょとんと薄茶の目を見開く。
「・・・・・・あ、弓削先輩?」
「え?」
「ええ?」
 翔一郎と瞬が顔を見合わせ、同時に河童を直視する。その前で河童は困ったように頭を掻く仕草をして見せ、両手でその頭部を持ち上げて見せた。
「あー、弓削っ!」
 周りの客が一斉に叫ぶ。苦笑を浮かべて、弓削がようやく口を開いた。
「なんで分かった?」
 聞かれた斗音は、綺麗に整った眉を寄せる。
「・・・・・・何となく・・・・・・」
 弓削の顔がしかめ面になる。
「何だ、当てずっぽうだったのか?」
「いえ、そんなわけじゃなかったですけど、何となく、あ、弓削先輩だ、と思って」
 河童の頭を持ったまま、弓削はがっくりと肩を落とした。
「あぁあ、自信あったんだけどなあ・・・・・・。まあ、まだあと五人いるからいいけど。いいかお前ら。目の前で人が倒れても、直接助けるなよ。何か知らないけど、ばれる可能性があるらしい」
 ぬいぐるみたちがうんうん、とうなずく。うなずいている内容はともかく、それがなんだかとっても可愛らしい光景で、客たちは思わず笑みを誘われた。
「ごめんなさい、助けてもらったのに、正体ばらしちゃって」
 ぺこりと頭を下げた斗音に、弓削は涼やかに笑みを見せた。
「いいさ。自由に話せるようになった分、商売はしやすくなったし、これ結構暑くて大変なんだよ」
 アッシュの柔らかな髪を河童の大きな手がくしゃくしゃにした。
「ほら、好きな商品やるよ。何がいい?」
 乱れた髪を気にしながら、斗音はしばらく迷って、未使用の携帯ストラップを指した。
「これにしていいですか?」
 飾りにデザインされた十字架のついた、チェーンのストラップだ。弓削は器用に大きな緑色の手でそれを取り上げた。
「お、なかなか目のつけどころがいいな。これ、某有名アーティストのライブグッズだぜ。結構洒落てるだろ。元値は千八百円なんだけど、持ち主は使う用ととっておく用で二つ買ったらしいんだ。で、結局もったいなくて二つとも使わないまま、やや熱が冷めて今に至ると。だからひとつ、寄付してもらったんだ。売値が五百円だったから、なかなか買い手つかなかったんだけど」
 そっと手に載せられたそれを、斗音はじっと見つめた。自分のかけているクロスと、少しデザインが似ている気がして思わずそれを希望したのだが。
(慈恩に、持っててもらいたいな)
 そんなことを思って、少しだけ心臓がくすぐったい気がした。あまり洒落っ気のない慈恩だが、喜んでくれるだろうか。
「ありがとうございます」
 丁寧にお礼を言って、ついでにみんなで変装見破り記念写真を撮ってもらってから、変装フリーマーケットが行われているワークスペースをあとにした。可愛い動物たちが可愛らしくバイバイをしながら見送ってくれた。
「しまった、河童が弓削さんってことは、トラが武知さんだったんじゃねえか」
 珍しくあとから気づいた嵐が悔しがったが、時間的にもう一度そこへ行くのは厳しく、物欲に乏しい出来過ぎ集団は「ま、いっか」「あれ以上ばらしちゃ気の毒だよね」と、あっさり粗品一品を諦めた。
 
そろそろ体育館のステージ『1年5組 金八先生!?』が終わる頃だ。次は三年二組の『超魔術』である。要は手品だが、結構訓練しているらしく、初日の中ではかなり評判が高い。それも観に行きたかったし、それ以上に出来過ぎ集団の中の2-3に所属する三人は、そのマジックショーの後に控える自分たちのステージの準備をしなければならなかった。

|

« 二十七.三週間 | トップページ | 二十九.如月祭 そのニ »

十字架の絆」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1084546/28512107

この記事へのトラックバック一覧です: 二十八.如月祭:

« 二十七.三週間 | トップページ | 二十九.如月祭 そのニ »